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福岡地方裁判所 平成6年(行ウ)16号 判決 1998年3月31日

《目次》

主文

事実

第一 当事者の求めた裁判

(第一四号事件)

一 請求の趣旨

二 本案前の答弁

三 本案の答弁

(第一五号事件)

一 請求の趣旨

二 本案前の答弁

三 本案の答弁

(第一六号事件)

一 請求の趣旨

二 本案前の答弁

三 本案の答弁

第二 当事者の主張

(第一四号事件)

一 請求原因

1 当事者

2 人工島埋立計画の概要

3

(一) 環境影響評価に関する手続

(二) 埋立免許の付与に関する手続

4

(一) 埋立法四条一項二号違反

(1) 和白干潟の海生生物の保護について

(2) 和白干潟の鳥類の保護について

(3) 博多湾の水質悪化の危険について

(二) 憲法一三条及び二五条違反

(三) 地方自治法一三八条の二違反

(1) 本件環境影響評価の内容の不当性

(2) 本件環境影響評価の手続の不当性

(3) 交通問題に関する福岡市の説明とその欺瞞性

(4) 財政面における問題点

5 福岡市の被った損害額

6 被告桑原の責任原因

7 住民監査請求の前置

8 結論

二 本案前の抗弁

1 訴訟法上の当事者能力の欠如

2 原告適格の欠如

3 適法な住民監査請求の欠如

三 請求原因に対する認否

四 本案についての被告らの主張

1

2

(一) 埋立法四条一項二号違反との主張について

(1) 和白干潟の海生生物の保護について

(2) 和白干潟の鳥類の保護について

(3) 博多湾の水質悪化の危険について

(二) 憲法一三条及び二五条違反との主張について

(三) 地方自治法一三八条の二違反との主張について

(1) 「本件環境影響評価の内容の不当性」について

(2) 「本件環境影響評価の手続の不当性」について

(3) 「交通問題に関する福岡市の説明とその欺瞞性」について

(4) 「財政面における問題点」について

(第一五号事件)

一 請求原因

1 当事者

2 本件整備事業の概要

3 公金支出の違法性

4 本件整備事業の違法性

(一) 和白干潟及びその前面浅海域の自然環境としての重要性

(二) 埋立法四条一項一号違反

(1) 港湾施設整備の必要性

(2) サイエンスパーク整備の必要性

(3) 住宅用地整備の必要性

(4) 緑地整備の必要性

(5) 東部地域の交通渋滞解消

(6) 事業費の過大な負担

(三) 埋立法四条一項二号違反、人格権及び環境権侵害

(1) 本件埋立ての対象水域の消滅による悪影響

(2) 周辺水域(特に本件人工島の背後水域である和白干潟沖)への悪影響

(3) 悪臭の発生

(4) 景観の破壊

(5) 交通渋滞の悪化による生活環境の破壊

(6) 災害発生のおそれ

(四) 埋立法四条一項三号違反

(五) 埋立法四条一項違反(自然保護に関する条約違反)

(六) 適正手続(憲法三一条)違反

(1) 合意形成の欠如

(2) 適正な環境影響評価手続の欠如

5 本件公金支出の相当の確実性

6 回復困難な損害の発生

7 住民監査請求及びその結果

8 結論

二 本案前の抗弁(別訴禁止規定違反)

三 請求原因に対する認否

四 本案についての被告市長の主張

1

2 埋立法四条一項一号違反との主張について

(一) 港湾施設整備の必要性について

(二) サイエンスパーク整備の必要性について

(1)

(2) 工業用地の必要性

(三) 住宅用地整備の必要性について

(四) 緑地整備の必要性について

(五) 東部地域の交通渋滞解消について

(六) 事業費の過大な負担について

3 埋立法四条一項二号違反、人格権及び環境権侵害との主張について

(一)

(二) 本件埋立ての対象水域の消滅による悪影響について

(1) 鳥類の生息域の消滅について

(2) 底生生物の生息域の消滅について

(三) 周辺水域(特に本件人工島の背後水域である和白干潟沖)への悪影響について

(1) 背後水域の水質の悪化について

(2) 背後水域の塩分濃度低下のおそれについて

(3) 背後水域の浅海化・陸地化のおそれについて

(4) 底質の悪化について

(5) 鳥類の生息環境の消滅について

(四) 悪臭の発生について

(五) 景観の破壊について

(六) 交通渋滞の悪化による生活環境の破壊について

(七) 災害発生のおそれについて

(八) 人格権及び環境権侵害について

4 埋立法四条一項違反(自然保護に関する条約違反)との主張について

5 適正手続(憲法三一条)違反との主張について

(一) 「合意形成の欠如」について

(二) 「適正な環境影響評価手続の欠如」について

(1) イ及びロについて

(2) ハ及びニについて

五 原告らの主張(本件環境影響評価及び本件評価書に対する批判)

1 水質汚濁について

(一) 潮流予測の誤り

(二) リンの高度処理だけを問題にしていることの非科学性

(三) 将来、博多湾のCOD値が環境基準を満足させられるという結論の欺瞞性

(四) これまでの環境影響評価における福岡市の水質予測の無責任さ

2 地形・地質の変化について

3 生物について

(一) 総論的批判

(二) 各生物への影響について

(1) プランクトン

(2) 魚卵・稚仔魚

(3) 遊泳生物

(4) 底生生物

(5) 潮間帯生物

(6) 海草

(7) 干潟生物

(8) 鳥類

(第一六号事件)

一 請求原因

1 当事者

2

3 住民監査請求の前置

4 結論

二 本案前の抗弁

1 別訴禁止規定違反

2 原告適格の欠如

3 適法な住民監査請求の欠如

三 請求原因に対する認否

四 本案についての被告らの主張

理由

第一 本案前の抗弁について

一 第一四号事件

1 原告の当事者能力の有無について

2 原告適格の有無について

二 第一五号事件

1

2

三 第一六号事件

1 別訴禁止規定違反について

2 原告適格の欠如について

3 適法な住民監査請求の欠如について

第二 本案について

1

2 公金支出の原因となる行為の違法性と公金支出の違法性―公金支出の違法性判断の前提問題(その一)

3 検討の対象とすべき事業の範囲―公金支出の違法性判断の前提問題(その二)

4 和白干潟等の自然環境としての重要性―公金支出の違法性判断の前提問題(その三)

(一)

(1) 生物の多様性

(2) 水産資源的価値

(3) 水の浄化

(4) 市民にとってのレクリエーション、環境教育等の場

(二)

(1) 貴重な野鳥の宝庫

(2) 鳥以外の生物の生息場所

(3) 和白干潟等の浄化能力

(4) 福岡市及びその近郊都市の住民にとってかけがえのないレクリエーション・環境教育の場

(三)

(1) 浅海域

(2) 干潟

5 第一五号事件の請求原因4(二)(埋立法四条一項一号違反)について

(一)

(二)

(三)

(四) 東部地域の交通渋滞解消

(五) 事業費の過大な負担

(六)

6 第一五号事件の請求原因4(三)並びに第一六号事件の請求原因2のうち第一四号事件の請求原因4(一)及び(二)に同じ部分(埋立法四条一項二号違反、人格権及び環境権侵害)について

(一)

(1) 本件埋立ての対象水域が消滅すること自体による悪影響

(2) 和白干潟等に対する影響

(3) 和白干潟等における生物への悪影響

(4) 干潟の汚泥(ヘドロ)化

(5) 悪臭の発生

(6) 景観の変化

(二)

(1) 潮流の変化について

(2) 塩化物イオン濃度について

(3) 周辺海域の浅海化・陸地化について

(4) 潮流の予測方法について

(5) 水質の悪化について

(6) 地形の変化について

(7) 生物への影響について

(8) 悪臭の発生について

(9) 景観への配慮について

(三)

(四)

7 第一五号事件の請求原因4(四)(埋立法四条一項三号違反)について

8 第一五号事件の請求原因4(五)(埋立法四条一項違反(自然保護に関する条約違反))について

9 第一五号事件の請求原因4(六)(適正手続(憲法三一条)違反)及び第一六号事件の請求原因2のうち第一四号事件の請求原因4(三)(2)ないし(4)に同じ部分(地方自治法一三八条の二違反)について

(一) 合意形成の欠如について

(二) 適正な環境影響評価手続の欠如について

(三)

(四) 財政面における問題点(第一四号事件の請求原因4(三)(4))について

(1) 予算審議の過程について

(2) 資金計画の内容について

10 結論

二 第一六号事件原告らの被告桑原に対する訴え

1

2 請求原因2のうち第一四号事件の請求原因4に同じ部分について

(一) 違法性の判断基準について

(二)

3

第三 結論

第一四号事件原告

博多湾人工島を考える会

右代表者会長

井上正三

右訴訟代理人弁護士

安部光壱

酒井辰馬

樺島正法

岩田務

井上治典

第一五号事件原告

安東毅

外五四名

右訴訟代理人弁護士

安部尚志

池永満

石渡一史

井上滋子

小泉幸雄

小林洋二

田中久敏

津田聰夫

林健一郎

林田賢一

藤尾順司

堀良一

萬年浩雄

八尋光秀

右井上滋子訴訟復代理人弁護士

松浦恭子

右小林洋二訴訟復代理人弁護士

諌山博

第一六号事件原告

井上正三

外九名

右訴訟代理人弁護士

安部光壱

城台哲

中山茂宣

酒井辰馬

南谷洋至

矢野正剛

高木茂

右原告井上正三訴訟代理人弁護士

岩田務

第一四号ないし第一六号事件被告(以下「被告市長」という。)

福岡市長

桑原敬一

被告市長指定代理人

菊田浩二

外七名

第一四号及び第一六号事件被告(以下「被告桑原」という。)

桑原敬一

右両名訴訟代理人弁護士

稲澤智多夫

山本郁夫

辻井治

事実

第一  当事者の求めた裁判

(第一四号事件)

一  請求の趣旨

1 被告市長は、アイランドシティ整備事業に関して、事務費・委託料等名目を問わず一切の公金を支出し、契約を締結し若しくは履行し、又は債務その他の義務を負担してはならない。

2 被告桑原は、福岡市に対し、金一億七四三六万二九九二円及びこれに対する平成六年五月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

二  本案前の答弁

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

三  本案の答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 (被告桑原)

担保を条件とする仮執行免脱宣言

(第一五号事件)

一  請求の趣旨

1 被告市長は、福岡市が別紙埋立区域目録(一)記載の区域に計画している公有水面埋立に関し、埋立工事費用等一切の公金を支出してはならない。

2 訴訟費用は被告市長の負担とする。

二  本案前の答弁

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

三  本案の答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(第一六号事件)

一  請求の趣旨

1 被告市長は、アイランドシティ整備事業に関して、事務費・委託料等名目を問わず、一切の公金を支出し、契約を締結し若しくは履行し、又は債務その他の義務を負担してはならない。

2 被告桑原は、福岡市に対し、金一億七四三六万二九九二円及びこれに対する平成六年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

二  本案前の答弁

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

三  本案の答弁

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 (被告桑原)

担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

(第一四号事件)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告は、福岡市による博多湾の人工島埋立計画とその決定、実現のプロセスに関心を持ち、会員相互間でこれを調査・研究するとともに、問題を社会に向かって適宜問い掛けること等を目的とした、福岡市に住所を有する権利能力なき社団である。

(二)(1) 被告市長は、右計画を策定し、現在、積極的に推進している。

(2) 被告桑原は、昭和六一年一二月から現在に至るまでの間、福岡市長の地位にある。

2 人工島埋立計画の概要

(一) 福岡市は、平成元年七月、博多港港湾計画を改訂し、和白干潟の沖を全面的に埋め立てるという従来の港湾計画における方式から和白干潟を残した人工島を建設するという方式に転換した。

(二) 福岡市は、国(運輸省第四港湾建設局)及び博多港開発株式会社とともに、博多港ふ頭株式会社を設立し、第三セクター方式によってアイランドシティ地区(和白干潟沖の南西水域)及び香椎パークポート地区(第二期工事地区)の水域を埋め立てることとし、これをアイランドシティ整備事業(以下「本件整備事業」というが、「本件埋立て」ということもある。)と命名して推進している。

(三) 本件整備事業の目的は、九州の中枢都市として福岡市が果たすべき役割を見据えて、広域交流拠点機能の整備のための港湾機能の強化、福岡市の産業の高度化と人材の定着を図るためのサイエンスパークの形成、快適な生活空間創造のための住宅用地及び緑地の整備等を行うことにある。

3 本件整備事業の実施までには、昭和五九年八月二八日閣議決定に係る環境影響評価実施要綱(以下(実施要綱」という。)及び公有水面埋立法(以下「埋立法」という。)等に従って、概ね次の手続が踏まれている。

(一) 環境影響評価に関する手続(以下「本件環境影響評価」という。)

(1) 事業者(福岡市)による環境影響評価準備書(以下「本件準備書」という。)の作成

(2) 本件準備書の公告及び縦覧

(3) 説明会の開催

(4) 関係地域住民の意見書の提出

(5) 関係市町村長及び知事(福岡県知事)の意見

(6) 事業者による環境影響評価書(以下「本件評価書」という。)の作成

(7) 本件評価書の公告及び縦覧

(二) 埋立免許の付与に関する手続

(1) 港湾管理者の長(福岡市長)に対する埋立免許の出願

(2) 出願の告示及び埋立願書等の書類の縦覧(告示日から三週間)

(3) 地元市町村長の意見

(4) 港湾管理者の長から主務大臣(運輸大臣)に対する認可申請

(5) 環境庁長官の意見

(6) 主務大臣の認可

(7) 港湾管理者の長による埋立免許の付与

4 本件整備事業には、次の(一)ないし(三)の諸点にかんがみれば、重大かつ明白な違法性が存在する。

(一) 埋立法四条一項二号違反

本件整備事業は、次の(1)ないし(3)の諸点において、環境保全につき十分な配慮をしたものとはいえないため、埋立法四条一項二号の免許許可事由が存在しない。

(1) 和白干潟の海生生物の保護について

和白干潟の汚泥化の進行によって一一年前と比較して鳥の餌になるゴカイ等の海生生物が激減しており、本件整備事業が右状況の悪化に拍車をかけることになるのは明白である。したがって、この点について何らの配慮もすることなく安易な予測に基づき実施される本件整備事業は、同号に照らしても免許が付与されるべき埋立てには該当しない。

(2) 和白干潟の鳥類の保護について

本件整備事業が博多湾の水質悪化・和白干潟の汚泥化に悪影響を与えるのは確実であり、その結果、鳥類の生息状況にも悪影響を与えるのは必至である。したがって、この点について何らの配慮もすることなく、鳥類の自然環境保全に厳しく配慮を求める本件準備書に対する福岡県知事及び環境庁長官の各意見を無視する形で、安易な予測に基づき実施される本件整備事業は、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(以下「ラムサール条約」という。)の趣旨にも抵触し、同号に照らしても免許が付与されるべき埋立てには該当しない。

(3) 博多湾の水質悪化の危険について

福岡市の下水道処理場における高度処理は、未だに処理技術開発中であり、アイランドシティ地区付近に流入する多々良川流域の下水道は、特に整備が遅れている。また、そもそも高度処理によってはプランクトン増加の原因の一つである窒素を除去することができないことはよく知られている事実である。このような実情を考慮することなく、実現の保障のない高度処理技術の導入を前提とした本件整備事業は、まさに同号の要件を満たさないものである。

(二) 憲法一三条及び二五条違反

本件整備事業は、世界的野鳥の宝庫であり、福岡市民にとっては家族連れで潮干狩りや野鳥の観察等を楽しむ絶好の場所として利用されてきた和白干潟の現況に重大かつ不可逆の悪影響を与えるものであるから福岡市民の人間生活にとって必要不可欠ともいうべき良好な環境を支配し、これを享受する権利(環境権)(憲法二五条)を侵害するとともに、本件整備事業の工事に伴う騒音、振動等により付近住民の生活上の利益に甚大な影響を与える危険が極めて高いから、付近住民の人格権(憲法一三条)を侵害し、また、後記(三)(3)記載のとおり、本件整備事業による交通事情への影響に関する配慮を欠くことは福岡市民の幸福追求権(同条)をも侵害している。

(三) 地方自治法一三八条の二違反

社会的・政治的・経済的局面等において市民の利害及び価値観が多様化し、見通しの立てにくくなっている現在では、開発計画の策定からその実施に至る過程において、市民の利害及び価値観を反映させ、調整してゆくことがますます必要になってきており、右は地方公共団体の執行機関の誠実執行義務(地方自治法一三八条の二)の裁量を厳しく制約するものというべきであるところ、被告市長は、本件整備事業の実施に至る過程において、次の(1)ないし(4)のとおり、行政裁量権の適切な行使を怠ったものであり、右誠実執行義務に違反するから、本件整備事業は、手続的にも違法である。

(1) 本件環境影響評価の内容の不当性

イ 水質汚濁の防止に関する事項

① 本件準備書において、福岡市は、同市及び福岡県管轄の流域下水道全部について高度処理が導入されるとしていたが、本件準備書作成当時、同県は高度処理計画を有していなかったのであり、それにもかかわらず、同計画の存在を前提として本件評価書を作成した。

② また、水質予測については、リンの高度処理により見誤らない保障があるとされるが、リンの高度処理が福岡県下において実施される計画はないし、水質汚濁防止のための高度処理については、窒素も対象にすることが必要であるところ、窒素については検証もされていないのであるから、水質予測を間違える可能は十分にある。

③ さらに、潮流予測について、本件評価書では海底摩擦係数を用いていると説明するが、それだけでは、本当に海底摩擦係数が使用されたのか、使用された結果、どのようなことが分かったのかが明らかではないし、浅海域についての予測は水理模型実験を用いるべきであるとする意見に対しては、何の反論も答えもない。

ロ 自然環境の保全に関する事項

本件準備書に対する福岡県知事の意見は、鳥類の生息状況につき調査をすることを求めるものであったところ、福岡市は、本件評価書に、右意見が述べられる前に行われた調査をもって調査した旨の記載をしており、これは虚偽を記載したものといえる。

また、人工島建設予定地は博多湾に生息する魚類にとってなくてはならない場所であるから、右生息地をなくすことの影響について調査すべきであるのにこれをしないのは許されない。

ハ 過去の百道浜埋立ての環境影響評価においても水質は改善されるとしながら、実現されなかったにもかかわらず、本件整備事業の際には実現可能であるということについて納得できる説明がなく、各意見に対しても、新たな根拠や資料を示すことなく、説明にならない説明に終始している。

(2) 本件環境影響評価の手続の不当性

イ 実施要綱によれば、事業者は、関係住民の意見を聴いた上で環境影響評価書(以下「評価書」という。)を作成するものとされているところ、右意見には当然反対意見も含まれると考えられるにもかかわらず、本件環境影響評価がなされる前に開催された福岡市民の意見発表会(以下「意見発表会」という。)において、本件整備事業の実施に対する反対意見が多数表明されたものの、本件評価書にはそれが全く反映されておらず、福岡市は、本件整備事業の実施に反対する住民の意見を最初から無視していたものといわざるを得ない。

ロ 本件整備事業は福岡市民全体に関わりを持つにもかかわらず、本件準備書の縦覧場所及び説明会の場所が福岡市東区に限定された。

ハ 実施要綱によれば、環境影響評価準備書(以下「準備書」という。)に対する関係住民の意見書の提出期間は、縦覧期間及びその後二週間の間とされているところ、本件準備書にあっては右二週間の期間が六日間延長されたが、本件整備事業の規模に照らし、また、本件準備書の縦覧期間が年末年始に設定されたことからすれば、これでは短かすぎる。

ニ 水質汚濁に関する極めて重大な指摘がある福岡県知事の意見が出されてわずか八日後に本件評価書が縦覧に供されているから、その間に右指摘につきどの程度検討されたのか疑われるし、同知事が意見を述べる際の専門委員の顔触れが本件評価書を作成する際の専門委員と殆ど変わらない上、同知事の意見は本件準備書と異なるものであったことからすれば、本件評価書の作成過程には払拭し難い疑問が残る。

ホ 潮流予測の方法については、通常、本件整備事業のような大規模な埋立てについては財団法人海洋科学技術センターに調査が委託されるのに、本件整備事業では委託がなかったのは異例である。これは、その予測が不利であることを見越して、故意に避けたものである。

(3) 交通問題に関する福岡市の説明とその欺瞞性

本件整備事業は、アイランドシティ地区及び香椎パークポート地区に出入りする新たな交通量を生み出し、福岡市の東部地域の交通渋滞のみならず、都心の交通渋滞に悪影響を及ぼすことになる。被告らは、右の事業を熟知しながら全く言及せず、福岡市民に対しては、志賀島・海の中道地区と都心・香椎地区とが短距離・短時間で連絡できるようになることのみを強調して、人工島建設につき世論を賛成の方向に誘導してきたのであり、本件整備事業を推進するに当たって採ってきた被告らの手法は、極めて不誠実かつ詐欺的な手法である。

(4) 財政面における問題点

福岡市は、本件整備事業を推進するために、経済状況の変化等で合理性を失ったことの明らかな従前の資金計画を見直すこともせず、十分な判断資料を添付しないまま建設着工のための予算を議会に提出して、極めて形骸化された形で予算審議を進める一方、住民に対しては事実を曲げてまで財政的不安感を惹起しないような宣伝・広報活動を行っていたものである。

5 福岡市の被った損害額

被告桑原は、平成四年度本件整備事業関連予算については別紙平成四年度分人工島埋立計画関係出費一覧表記載のとおり、平成五年度本件整備事業関連予算については別紙平成五年度分人工島埋立計画関係出費一覧表記載のとおり、福岡市をして各支出させたが、本件整備事業は違憲違法であり、これに関する公金支出も違憲違法であるから、福岡市は、被告桑原によって右支出額の限度で損害を被ったことになる。

6 被告桑原の責任原因

被告桑原は、本件整備事業に前記違憲違法原因が存することを十分認識していたことは明らかであるから、福岡市に対し前記損害を与えたことにつき、故意又は過失がある。

7 住民監査請求の前置

(一) 平成六年三月一八日、原告は福岡市監査委員に対し、住民監査請求をしたが、同月三〇日、右請求は却下された。

(二) 右却下の理由は、原告が「法人格のない団体であり、法律上の行為能力が認められていないため請求人とはなりえない」ということであったところ、地方自治法は、住民監査請求人を自然人及び法人に明示的に限ってはいないし、実質的にも、個人にとって事実上容易でない行政実態の調査、検討等を伴わざるを得ない住民監査請求制度を実効あらしめるためには、法人のみならず権利能力なき社団も請求人たり得るとするのが合理的であるから、右住民監査請求は適法であるにもかかわらず、右監査委員がその判断を誤って違法に却下したものである。したがって、本件訴えは、住民監査請求を経たものとして適法であるというべきである。

8 結論

よって、原告は、被告市長に対しては、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、本件整備事業(実質的にはそのうちアイランドシティ地区における福岡市の埋立事業に限られる。)に関する公金支出等の差止めを、被告桑原に対しては、同項四号に基づき、福岡市に代位して損害賠償金一億七四三六万二九九二円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成六年五月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  本案前の抗弁

1 訴訟法上の当事者能力の欠如

権利能力なき社団としては、団体としての組織を備え、多数決の原理が行われ、構成員の変更にかかわらず団体そのものが存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定していることを要するところ、原告は、右要件を満たしていないから、権利能力なき社団には当たらず、したがって、訴訟法上の当事者能力を有しない。

2 原告適格の欠如

仮に原告が権利能力なき社団に当たるとしても、次の事由により、地方自治法二四二条の二に基づき住民訴訟を提起することができる「普通地方公共団体の住民」には当たらないから、原告適格がない。

(一) 「住民」とは「市町村の区域内に住所を有する者」であるが(地方自治法一〇条一項)、権利能力なき社団については住所の所在を認めるべき根拠を欠く。

(二) 住民監査請求及び住民訴訟の提起を主たる活動目的として結成された原告に「住民」の地位を認めることは、個々の住民に住民監査請求権を付与した制度目的に反する。

3 適法な住民監査請求の欠如

住民訴訟の提起が適法であるためには、適法な住民監査請求を経ていることが必要であるところ、原告のした住民監査請求は不適法であるとして却下されており、右却下の判断は次の事由により適法であるから、本件訴えは適法な住民監査請求を経ていない。

(一) 原告は、権利能力なき社団には当たらない。

(二) 仮に原告が権利能力なき社団に当たるとしても、次の事由に照らし、住民監査請求をすることができる「普通地方公共団体の住民」には当たらない。

(1) 権利能力なき社団は、住所の所在を認める根拠を欠く。

(2) 権利能力なき社団に住民監査請求をすることができる住民の地位を認めることは、個々の住民に対し一定の財務会計上の非違行為の予防又は是正を果たす役割を認めた住民監査制度の目的に反する。

(3) 権利能力なき社団に住民監査請求をすることができる住民の地位を認めると、その構成員に住民監査請求の対象となる普通地方公共団体以外の普通地方公共団体の住民が含まれていた場合、当該普通地方公共団体の住民に限り認められるとする地方自治法二四二条一項の規定に反すると解されるところ、原告は構成員たる会員及び協力会員の資格として福岡市民であることを要件としておらず、また、会員に福岡市外の住民が含まれていることが認められるから、原告が住民監査請求をすることができるとすると、同項の規定に反することになる。

(4) 権利能力なき社団の構成員全員が当該普通地方公共団体の住民であれば、住民たる右構成員とは別に当該社団に住民監査請求をすることができる地位を重ねて認めるべき合理的必要性ないし理由はない。

(三) 仮に、原告が権利能力なき社団に当たり、かつ、権利能力なき社団に住民監査請求をすることができる地位が認められるとしても、平成六年二月二八日、原告の構成員三三名は住民監査請求をしていたところ、原告は、同年三月一八日に右請求と同一内容の住民監査請求をしたのであるから、実質的には、同一住民による同一行為に対する再度の住民監査請求というべきものであり、許されない(最高裁昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決民集四一巻一号一二二頁参照)。

三  請求原因に対する認否

1 請求原因1(一)の事実のうち、原告が福岡市に住所を有する権利能力なき社団であることは否認し、その余は認める。同(二)(1)の事実は否認し(被告市長)、同(二)(2)の事実は認める(被告桑原)。

2 請求原因2の事実のうち、(一)及び(三)は認め、(二)は否認する。本件整備事業は、昭和六三年四月に策定された福岡市総合計画及び平成元年七月に改訂された博多港港湾計画(以下「本件港湾計画」という。)に基づき、博多湾東部の公有水面を、別紙埋立区域目録(一)ないし(三)記載の区域(以下、一括して「本件埋立区域」といい、個別には「本件埋立区域(一)」などという。)に分けて、同市、博多港開発株式会社及び国(運輸省第四港湾建設局)がそれぞれ主体となって、アイランドシティ地区(別紙埋立区域図面のうち斜線部分の区域を指す。以下「本件人工島予定地」といい、右区域が埋め立てられたものを「本件人工島」という。)及び香椎パークポート地区(第二期工事地区)について、埋立てを行い、整備する事業をいう。福岡市は、平成六年四月一一日、本件埋立区域(一)について埋立法二条に基づく埋立免許(以下「本件免許」という。)を取得し、本件免許に基づき、埋立事業を行っている(以下「本件埋立事業」という。)。

3 請求原因3の事実は認める。

4 請求原因4は争う。

5 請求原因5及び6は否認し、又は争う(被告桑原)。

6 請求原因7のうち、(一)の事実は認めるが、(二)は争う。

四  本案についての被告らの主張

1 原告は、公金支出行為や契約締結等の固有の違法性を主張せず、単にそれらの原因行為としての本件整備事業の違法性を主張するのみであるところ、本件整備事業のうち本件埋立事業は、事業者である福岡市が本件免許を適法に取得し、その権原に基づいて行っているものであるから、原告の請求は、事業者たる福岡市の右埋立権原を否定した上で初めて成立するものである。

しかるに、右埋立権原は免許という行政処分によって付与されたものであるから、これを否定するためには本件免許の取消訴訟を提起し、判決によって本件免許が取り消されることが必要であるが、そのような事実はないから、本件免許及び埋立権原は適法に存在するものと扱われることになる。

したがって、これに基づく本件埋立事業も適法であり、原告の右主張は主張自体失当といわざるを得ない。

2 もっとも、原告は、本件整備事業には重大かつ明白な違法性がある旨主張しているから、これを、行政処分である本件免許に重大かつ明白な瑕疵があるから無効であるとの主張、或いは仮にそうでないとしても、少なくとも本件免許が著しく合理性を欠き、そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存在するとの主張であると理解した上で、原告の主張(請求原因4)に則して反論することとする。

(一) 埋立法四条一項二号違反との主張について

福岡市は、本件埋立事業の実施に際し、実施要綱、「運輸省所管の大規模事業に係る環境影響評価の実施について」(昭和六〇年四月二六日運環第二五号)で通知された「運輸省所管の大規模事業に係る環境影響評価実施要領」(以下「実施要領」という。)及び「埋立て及び干拓に係る環境影響評価指針」(昭和六一年三月二六日港管第七一六号。以下「指針」という。)に基づき、本件環境影響評価を適法に実施して本件評価書を作成し、環境への影響は小さいとの予測結果を得た上で、本件評価書を基に埋立法施行規則三条八号に規定された「環境保全に関し講じる措置を記載した図書」を作成し、公有水面埋立願書に添付し、本件免許の出願を行い、事業者たる福岡市とは別個独立の権限を有した港湾管理者の長、運輸大臣及び環境庁長官の各審査を受け、本件免許を取得した。

したがって、本件埋立事業は、埋立法四条一項二号に違反するものではない。

原告の前記個別主張に対しては、次のとおり反論する。

(1) 和白干潟の海生生物の保護について

本件環境影響評価によると、本件埋立ての工事中は汚濁防止膜を展張して濁りの拡散を防止すること、さらに、将来下水処理場で高度処理(脱リン)が導入されること、和白下水処理場の放流口を本件人工島予定地の西端に変更することといった水質保全対策を講じることにより、和白干潟周辺の水質や底質は保全されると予測している。また、本件人工島予定地周辺は静穏な海域であること、潮流の変化による漂砂への影響も小さいことから、地形変化は殆どないと予測され、本件整備事業を実施しても和白干潟の海生生物への影響は殆どないと予測している。

したがって、本件埋立事業が和白干潟の海生生物の生息状況を悪化させることはないと考えられる。

(2) 和白干潟の鳥類の保護について

本件環境影響評価によると、和白干潟の水質や底質は保全され、海生生物への影響は殆どないと予測されることなどから、本件整備事業を実施しても和白干潟の鳥類への影響は小さいと予測している。

したがって、本件埋立事業が和白干潟の鳥類の生息状況に悪影響を与えることはないと考えられる。

(3) 博多湾の水質悪化の危険について

本件環境影響評価によると、平成一二年度までに福岡市のすべての下水処理場で高度処理(脱リン)が導入されることにより、本件整備事業が竣工する平成一五年度において、博多湾内のリンが削減され、本件人工島予定地周辺の水質は向上すると予測している。また、福岡市では、既に平成五年度から和白、西部及び中部下水処理場への高度処理施設の導入を開始しており、今後各処理場への導入を順次進めてゆき、平成一二年度には福岡市のすべての下水処理場で高度処理導入を完了する計画であり、原告が主張するような「実現の保障のない高度処理技術の導入を前提とした」ものではない。さらに、福岡県が所管する流域下水道についても、高度処理の早期導入について福岡市から福岡県に要望してきたところであり、福岡県では平成六年度から三か年計画で「特定水域高度処理基本計画」を策定することとしている。

したがって、本件埋立事業が博多湾の水質を悪化させることはないと考えられる。

(二) 憲法一三条及び二五条違反との主張について

本件埋立事業は、本件環境影響評価において、環境保全が図られるとの予測結果を得て、埋立法四条一項二号の要件を満たしていることから本件免許を受けて実施されているものであり、さらに、本件埋立事業の実施に当たっては、適切な環境監視を行い、環境保全対策を講じることにより、環境に十分配慮して進めているところであるから、人格権及び環境権を侵害するものではない。

(三) 地方自治法一三八条の二違反との主張について

そもそも、同条に規定する誠実執行義務は、市長等の地方公共団体の執行機関がその任務を遂行してゆく上での当然の心構えを明らかにしたもので、条理上負うべき一般的抽象的義務にすぎない上に、被告市長は、本件埋立事業の事業者たる福岡市の市長として、埋立法所定の手続に基づき、適正に本件免許を受け、また、本件環境影響評価についても、実施要綱等に基づき、適正な手続を経て本件評価書を作成するとともに、埋立免許出願に際し、環境保全に関し講じる措置を記載した図書として、埋立願書に添付し、港湾管理者の長、運輸大臣及び環境庁長官の各審査を経ているなど、いずれも適正に手続が行われている。

また、本件整備事業の計画策定の段階から意見発表会の開催など新たな手法を積極的に取り入れて市民意見の把握とそれの事業計画への反映、更には市民の合意形成に努めてきたところである。

なお、原告の個別主張に対しては、次のとおり反論する。

(1) 「本件環境影響評価の内容の不当性」について

イの①及び②について

指針によると、環境影響評価の実施に際し、予測を行うに当たっては、「事業者等が公害の防止及び自然環境の保全のための措置を講ずる場合には、その措置を踏まえて行うことができる。」とされており、また、評価については、「国又は地方公共団体等が実施する公害の防止及び自然環境の保全のための施策を勘案することができる。」とされている。

ところで、リンの高度処理については、福岡市では、既に平成五年度から和白、西部及び中部下水処理場への導入を開始し、和白下水処理場では、平成八年度から高度処理施設が稼働している。また、福岡県では、平成六年度から平成八年度までの三か年計画で「博多湾特定水域高度処理基本計画」の策定が進められている。

(2) 「本件環境影響評価の手続の不当性」について

イについて

意見発表会では一七二名から意見が述べられたが、福岡市は、清掃工場の設置、景観に配慮した港湾施設の整備、多世帯住宅・高齢者向け住宅の導入など様々な意見を取り入れた上でアイランドシティ基本計画を策定した。

意見発表会で表明された反対意見のうち、環境への悪影響を理由とするものについては、その理由に十分の考慮を払って本件環境影響評価を実施したが、本件埋立ての工事、本件人工島の存在及び利用が環境に与える影響の範囲は本件人工島予定地及び浚渫区域の近傍に限られ、影響の程度も小さいことから、環境保全目標を満足するという評価結果を得たものである。また、本件埋立事業の必要性がないことを理由とした反対意見については、右理由を十分考慮検討した結果、その必要性が十分存在すると結論を得たところである。

事業者たる福岡市は、関係地域住民の意見及び福岡県知事の意見について本件準備書の記載内容を検討し、修正を加えた上で、本件評価書を作成し、住民の縦覧に供しているのであり、住民の意見を聴く姿勢がないとは原告独自の主張である。

ロについて

関係地域とは、実施要綱によれば、「対象事業の実施が環境に影響を及ぼす地域であって、当該地域の住民に準備書の内容を周知し、意見を把握することとなる等環境影響評価手続等を進めるに当たり基本となる地域であり、これを適切に定めることが当該手続等の円滑な進行を期する上で重要である。これを定めるに当たっては、対象事業が実施される地域の実情及び関係地方公共団体の長の意見を踏まえ、当該地域を含む住居表示による町、丁目、字等の区画等を用いて定めることができるものとする。」とされている。

事業者たる福岡市は、本件環境影響評価に係る関係地域の設定に当たり、右通達に基づき、事業実施による環境影響の予測結果等を基に、福岡県知事の意見も踏まえて、関係地域を福岡市東区としたものである。

右を前提として、福岡市は、説明会については、実施要綱において、事業者は準備書の縦覧期間内に、関係地域において、その説明会を開催することとされていることに基づいて、本件整備事業の関係地域である福岡市東区で開催したものであり、また、本件準備書の縦覧場所については、関係地域内である福岡市東区内の区役所に加え、事業者たる福岡市の事務所所在地である福岡市博多区の福岡市港湾局としたものである。

ハについて

本件準備書は、指針に基づき、記載すべき事項を網羅しつつできるだけ分かりやすくまとめて作成したものであり、本件準備書の縦覧に当たっては、実施要綱に基づいて、一か月間の期間を設けるとともに、公害の防止及び自然環境保全の見地からの関係地域内に住所を有する者の意見書の提出期間については、年末年始に掛かったことを考慮して、実施要綱で定められた「準備書の縦覧期間(一月間)及びその後の二週間の間」を六日間延長したものである。

また、実施要綱で定められた意見書の提出期間は妥当というべきであるから、事業者たる福岡市は、実施要綱に基づいて縦覧期間を定めて、本件準備書を縦覧に供したものである。

(3) 「交通問題に関する福岡市の説明とその欺瞞性」について

本件人工島における道路の整備については、箱崎、香椎方面と同地区を経て雁の巣方面を結ぶバイパス機能を持つ道路の整備によって、本件人工島や香椎パークポート地区の発生集中交通量に対応するばかりでなく、箱崎、香椎方面から、本件人工島を経て雁の巣方面に抜ける通過交通も負担することから、本件整備事業により新たな交通渋滞を招くことはない。

(4) 「財政面における問題点」について

イ 資金計画書について

資金計画書の具体的内容については、免許権者である港湾管理者の長及び認可者である務大臣が審査することになっており、資金計画書について議会で議決する制度にはなっていない(埋立法二条、三条及び四七条並びに埋立法施行令三二条三号及び三二条の二参照)。

なお、埋立法三条一項に関する関係通達によると、資金計画書は、少なくとも縦覧すべき関係図書には含まれない。また、資金計画書は、設計概要説明書と照らし合わせることにより、各年次ごとの工事の発注金額や設計金額が容易に推定され、公業事業の公正な執行に支障が生じる(競争入札に意味がなくなる。)ことから公表されていないのである。

ロ 財政負担について

本件整備事業は、埋立ての形式は変更されたものの、昭和三五年に策定された博多港港湾計画から計画されていたものであり、本件港湾計画に基づき、都市機能の強化を図るために長期的展望に立って実施しており、短期的な経済情勢の変動に左右されるものではない。

(第一五号事件)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告らは、いずれも福岡市の住民である。

(二) 被告市長は、福岡市の公金支出に関する最終責任者である。

2 本件整備事業の概要

本件整備事業は、本件港湾計画に基づき、福岡市、同市の出資に係るいわゆる第三セクターである博多港開発株式会社及び国の三者の共同事業として、本件埋立区域(合計約406.3ヘクタール)を約四六〇〇億円の費用と約一〇年の歳月をかけて埋め立てようとするものである。

このうち、福岡市の施行する部分は、本件埋立区域(一)(約209.5ヘクタール)であり、事業費用は約二二〇〇億円である(なお、本件埋立区域(二)の約191.8ヘクタールは博多港開発株式会社の、本件埋立区域(三)の約五ヘクタールは国の各施行部分である。)。

3 公金支出の違法性

本件整備事業は、前記2のとおり、福岡市、博多港開発株式会社及び国の共同事業であるところ、各施行部分は不可分一体のものとなっているから、本件整備事業が違法であれば、本件埋立事業も違法である。そして、公金支出行為が違法となるのは単にそれ自体が直接法令に違反する場合のみならずその原因となる行為が法令に違反する場合も含まれるから、違法な本件整備事業のうち福岡市が施行する部分である本件埋立区域(一)の埋立てを原因とする被告市長の埋立工事費用等一切の公金支出(以下「本件公金支出」という。)も違法である。

仮に、公金支出の原因となる行為が違法であってもその違法性が重大かつ明白でない限りは当該公金支出は違法にならないとしても、本件公金支出における原因行為は、後記4の諸事情からして重大かつ明白な違法性を有する。

4 本件整備事業の違法性

(一) 和白干潟及びその前面浅海域の自然環境としての重要性

(1) 干潟や浅海域などの水辺環境は、熱帯林と並んで、多様な生態系を豊かに育み、地球上の生物多様性を確保する上で重要な自然環境である。また、国境を越えて渡来する渡り鳥にとって、こうした環境は豊富な餌を提供する渡りの中継地・生息地となっており、渡り鳥の地球規模での渡りのルートを保護する上からも欠くことができない。さらに、干潟や浅海域などの水辺環境は、多様な生物の営みを通じて、水質を浄化する巨大な自然の浄化槽としての意義を有し、バードウォッチング、貝掘りなどのレクリエーションや自然の営みを学ぶ環境教育の場としても、水文学の上からも、限りない価値を有している。

(2) 博多湾は、シベリアから中国大陸、朝鮮半島を経由し、或いは日本列島を経由して、東南アジアやオーストラリア大陸へと渡って行く渡り鳥の、東アジアにおける国際的な渡りのルートが交錯するところに位置している。そのため、博多湾は多数の渡り鳥が渡来する日本有数の野鳥の宝庫となっており、クロツラヘラサギ、ズグロカモメ、カラシラサギなどの絶滅のおそれのある渡り鳥も定期的に渡来している。

(3) 和白干潟及びその前面浅海域(以下「和白干潟等」という。)は、博多湾における渡り鳥の中継地・生息地の中核として、東アジアにおける地球規模での渡りのルートの存続の上で、また、渡来してくる絶滅危惧種の渡り鳥を絶滅のおそれから守る上で、国際的に重要な自然環境である。それと同時に、住民に対しては、貝掘り、バードウォッチング、自然観察などの多様なレクリエーションと環境教育の場として、また、博多湾の豊かな水産資源を育む場として、さらに、汚染の甚だしい博多湾の水質を浄化する自然の浄化槽として、限りない自然の恵みを与え続けている。

(4) 我が国は、干潟や浅海域などの水辺環境を、「湿地」と規定し、その保護を目的とするラムサール条約や、「渡り鳥及び絶滅のおそれのある鳥類並びにその環境の保護に関する日本国政府とオーストラリア政府との間の協定」、「渡り鳥及び絶滅のおそれのある鳥類並びにその環境の保護に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の条約」、「渡り鳥及びその生息環境の保護に関する日本国政府と中華人民共和国政府との間の協定」及び「渡り鳥及び絶滅のおそれのある鳥類並びにその生息環境の保護に関する日本国政府とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の条約」(以下、一括して「各二国間渡り鳥条約」という。)を締結しているが、これらの条約を誠実に遵守するためにも、和白干潟等は重要である。

(二) 埋立法四条一項一号違反

本件整備事業の予定地の浅海域とその影響が及ぶ周辺の浅海域及び和白干潟は、前記(一)のとおり、福岡市民のみならず全国的・国際的に重要な自然環境であるので、合理的な必要性のない埋立ては、埋立法四条一項一号にいう「国土利用上適正且合理的」とは評価し得ないところ、本件整備事業の目的として掲げられている港湾施設整備、サイエンスパーク整備、住宅用地整備及び緑地整備はいずれも必要性がないし、また、本件整備事業により東部地域の交通渋滞が解消されることはあり得ず、福岡市民が余りに過大な事業費を負担することになるという財政上の観点からしても合理性がないものであるから、本件整備事業は同号に違反する。

(1) 港湾施設整備の必要性

工業地帯などの背後圏を持たない博多港においては、将来大幅に貨物量が増加する見通しはなく、生活港湾としての少々の貨物量の増加であれば、既存の港湾施設及びふ頭用地が十分に活用されていないので、これを活用することによって対応可能である。

貿易港としては、隣接する北九州港などでも港湾施設の整備が進められていることに照らせば、港湾整備は全体として過剰投資であることが明らかである。都市機能の分担という見地からは、浅海域のため大型船が出入りする近代的港湾に適さない博多港よりも、近代的港湾としての実績を積んでいる北九州港に今後の港湾施設整備を期待すべきであり、隣接港湾との貨物の奪合いという都市間競争を激化させることを前提とした港湾整備のための埋立てには合理性がない。

(2) サイエンスパーク整備の必要性

サイエンスパークを構成するとされる工業用地、研究施設用地、交流施設用地のいずれも、計画どおりに企業や研究機関が進出してくる見通しはない。

福岡市は、本件港湾計画の策定に際し、企業などに対するアンケート調査を実施したようであるが、抽象的な意向調査にすぎず、また、バブル経済真っ盛りの異常な経済状況下での調査であるから、右調査を根拠としたことは不合理である。

(3) 住宅用地整備の必要性

住民一人当たりの水資源量が少ないことでは日本でも屈指の福岡県の大都市であり、かつ、水不足、ゴミ処理問題などの都市問題を抱える福岡市にあっては、本来住宅問題は、いたずらな人口増加を抑制して福岡一極集中を是正しながら対応されなければならないのに、これを行わないまま埋立てによって住宅用地を造成するのはいかにも安易であり、合理的必要性がない。

また、少々の人口増加に対しては、旧国鉄香椎操車場跡地や九州大学跡地など、内陸部に十分なスペースがある上、現在空洞化しつつある福岡中心部における定住化の促進や福岡都市圏を構成する周辺市町村との機能分担などによって解決することが可能である。

さらに、近年施行されたシーサイドももちや香椎浜の埋立事業においても住宅予測を誤ったため埋立地の用途変更がなされ、当初の目的とは別目的の利用がなされるに至った。この教訓を何ら明確にしないまま行われようとしている住宅目的の本件埋立てには、合理的必要性のないことが明らかである。

(4) 緑地整備の必要性

本件人工島内の住宅や港湾、研究施設の関係者の憩いの場としての緑地は、そもそも右住宅等の合理的必要性がないのであるから、緑地整備の必要性もない。

(5) 東部地域の交通渋滞解消

福岡市は、本件整備事業の目的の一つとして、東部地域の交通渋滞の解消を図ることを掲げているが、本件整備事業の完成によって多大な交通量が発生するから、交通渋滞が解消するどころか、一層悪化する危険性がある。

(6) 事業費の過大な負担

本件整備事業において岸壁や航路等の公共施設の整備に要する約一〇三四億円のうち、国の直轄事業以外の補助事業約四九〇億円の内訳には、福岡市の従前の説明と異なり、同市の一般財源約二七〇億円が含まれている。また、その余の約三五五四億円については、その一部を用地の売却による資金で賄おうとしているが、売却が思うように進まなければ、結果として同市の財政につけが回されてくることは明らかである。さらに、同市の財政は、平成六年度の公債比率において健全度の警戒ラインとされる一五〇パーセントを突破したり、起債の増加を抑制するため、本件整備事業の事業費の約四割を博多港開発株式会社の事業としたりするなど、真に火の車であるから、本件整備事業を実施する必要性はない。

(三) 埋立法四条一項二号違反、人格権及び環境権侵害

本件整備事業は、次のとおり、自然及び生活環境の著しい破壊を招くので、埋立法四条一項二号に違反するとともに、福岡市民の人格権及び環境権を侵害する。

(1) 本件埋立ての対象水域の消滅による悪影響

イ 鳥類の生息域の消滅

本件埋立てにより四〇一ヘクタールもの広大な面積が陸地化するところ、本件人工島予定地は、博多湾東部海域の中でも水鳥(カモ類、カンムリカイツブリ、シギ・チドリ類)の生息密度が高い水域であるから、この水域を営みの地とする右水鳥の生息地が奪われることになる。

右水鳥は残った付近の水域に移動すれば生存し得るというわけにはゆかない。この水域の水鳥は、通常水深三ないし五メートルの海底で採餌するため、潮の干満に合わせて、満潮時には和白・香椎沖に、干潮時にはやや深い西戸崎沖にそれぞれ移動して採餌するから、本件埋立てにより和白・香椎沖の浅海域が失われると、残された西戸崎沖では干潮時にしか採餌することができず、一日に必要なエネルギーを補給することができなくなる。気温が低くエネルギー要求が高い冬季には、餌が十分に取れなかった個体は死に至る。

したがって、本件埋立てが本件人工島予定地に生息する水鳥に致命的な打撃を与えることは確実である。

ロ 底生生物の生息域の消滅

本件埋立てによりその水域及び海底に生息する底生生物はすべて死滅する。例えば、和白干潟付近の潮間帯及びその周辺には、ハクセンシオマネキを初めとするエビ、カニ、ヤドカリなどの甲殻類が生息しているが、これらの甲殻類はプランクトン幼生期を浅海域で送るから、本件埋立てにより広範な浅海域が消滅すれば、この水域で幼生期を過ごす甲殻類も大きく減少する。

また、浅海域に生息する生物は有機物の代謝を通じて海水の浄化に大きな寄与をしているから、本件埋立てにより右浄化機能も失われてしまい、周辺水域の汚染を進行させることになるのは必至である。

(2) 周辺水域(特に本件人工島の背後水域である和白干潟沖)への悪影響

イ 和白干潟沖の外海水との水交換の悪化

本件埋立ては和白干潟の前面水域を対象にしているところ、これにより建設される本件人工島と香椎パークポートとの間の水路の幅はわずか一〇〇メートル、雁の巣海岸との間のそれは五〇〇メートルであるから、和白干潟沖は殆ど閉鎖水域となる。

ロ 背後水域の水質の悪化

もともと博多湾の水質は全体として悪化の一途を辿っているが、東部海域はその傾向が特に顕著である。湾奥部の水質測定地点における平成四年度COD七五パーセント値は一リットル当たり4.0ミリグラムとなっており、福岡県環境白書(平成五年度版)は、これについて「湾奥部では外海水との交換が悪く、栄養塩類による内部生産も汚濁の要因となっている」と説明している。

福岡市も、昭和四七年に改訂された博多港港湾計画において、本件整備事業のそれとほぼ同じ位置にほぼ同規模の人工島方式の埋立てを行うことを企図したことがあるが、背後水域の潮流が遅くなり、同水域が停滞水域となって水質が悪化するという理由で、昭和五三年に改訂された港湾計画では人工島方式の埋立てを断念した経緯がある。

ハ 背後水域の塩分濃度低下のおそれ

博多湾は、もともと海水の八割の交換に約二週間を要するというように交換の悪い水域であり、東部海域ほどその傾向が顕著である。そのため、博多湾では東部に行くにつれて塩分濃度が低下している(現在でも、本件人工島予定地付近は西部海域に比べて0.1パーセントほど塩分濃度が低い。)が、本件埋立てによりその傾向が更に進むおそれがある。

塩分濃度の低下は、その水域に生息する魚類や底生生物の種類はもとより、生態系全体に大きな影響や変化を及ぼす。それが又、この水域の動物を餌として飛来する鳥類の生態に大きな影響を与えることになる。

ニ 背後水域の浅海化・陸地化のおそれ

本件埋立てにより全体的に背後水域の海水の流れが悪くなることは前記イのとおりであるが、周辺沿岸との狭い水路(本件人工島の南北及び香住ケ丘方面)では、特に干満の交代時には一時的かつ相対的に潮流が早くなることが予測される。

これらの潮流は、本件人工島の背後水域に流入する河川や雨水排水管に混じっている多量の土壌性浮遊物質を攪拌し、それにより、互いに集まり大きな粒子となって次第に沈降する。また、水域の塩分濃度の低下は右浮遊物質の凝縮・沈降を促進する。

このようにして、現在でも見られる浅海化が、本件埋立てにより更に進み、将来的には陸地化してゆくことが予測される。

ホ 底質の悪化

近年、博多湾東部海域の底生生物、砂浜、干潟生物の個体数や生物相は大きく変化してきている。例えば、昭和六二年と平成二年の環境調査の結果によると、浅海域ではシズクガイなど泥質底を好む種が多数を占めるようになっている。個体数を見ても、平成二年には昭和六二年に比し約半分に減少しており、泥質を好む生物にとってさえ生息しにくい環境になりつつあることを示している。また、砂浜・干潟域では、個体数こそ約二倍になっているが、これは専ら泥質に群生するホトトギスガイの急増によるものである。昭和六二年の調査時には、泥地帯・転石帯に生息するミズヒキゴカイや砂地に生息するイトゴカイの仲間、砂礫泥質に生息するアサリなども多く見られたが、平成二年の調査では、アサリの個体数は半減し、イトゴカイの仲間やミズヒキゴカイは殆どいなくなっている。これは、砂浜・干潟域における泥質の堆積、そして汚染の進行を示唆するものである。

本件埋立てがこのような傾向を更に促進することは明らかである。また、前記ニのようにして沈降する粒子には有機物その他の汚濁物質が付着しているので、これらの粒子の沈降は本件人工島の背後水域の底質を悪化(ヘドロ化)させてゆく。

このような状況のもとでは、現在でも減少傾向にある底生生物は絶滅してゆくことが予測される。砂浜・干潟域でも、泥質を好む生物の増加など生物相の単調化に拍車がかかり、結局は生物数の大幅な減少がもたらされる。また、ハクセンシオマネキを初めとするエビ、カニ、ヤドカリなどの甲殻類も、残された浅海域の汚染の進行により大きく減少するであろう。

そして、右底生生物の減少は、浅海域・干潟の浄化能力の低下、ひいては右水域の汚染の進行につながり、それは更に底生生物を減少させるというような悪循環をもたらし、底質の悪化は加速度的になってゆくことが考えられる。

ヘ 鳥類の生息環境の消滅

前記ニのとおり和白干潟が陸地化すればもとよりのことであるが、そこまでゆかなくとも、本件人工島の背後水域の底生生物が減少・消滅してゆくことにより、これらを主要な餌とする百数十種の野鳥類はここを生息の場とすることができなくなる。そうすれば、和白干潟は渡り鳥の飛来地としての機能を失うことになる。

(3) 悪臭の発生

本件人工島の背後水域のヘドロ化や、富栄養化のため異常発生したアオサなどの腐食によって発生した悪臭は、周辺住民の生活環境を破壊する。

(4) 景観の破壊

博多湾においては、相次ぐ埋立てのため自然海岸が次々になくなり、わずかに湾の西部と本件人工島予定地周辺の湾東部に残るばかりとなっているところ、自然海岸にとって沖合はるかに見渡せる眺望はその価値を構成する重要な要素である。ところが、本件埋立てによって、周辺の香椎・香住ケ丘・和白・奈多・雁の巣の広範な海岸線のすぐ目の前に本件人工島が建設され、そこに中高層建物や倉庫が立ち並ぶと、こうした眺望が奪われ、自然海岸の重要な要素である景観が破壊されてしまう。

(5) 交通渋滞の悪化による生活環境の破壊

本件埋立てによって、港湾業務などのため、一日当たり四万九〇〇〇台の新たな交通量が発生する。既に埋立中の香椎パークポートの埋立地が完成すると、一万四〇〇〇台の交通量が新たに発生するから、これと併せると、合計六万三〇〇〇台もの交通量が発生することになり、周辺の交通渋滞は一層甚だしくなる。

その結果、交通事故の虞や交通騒音、大気汚染、外出時の利便性の悪化など、周辺の住環境は著しく悪化する。

(6) 災害発生のおそれ

埋立地においてはしばしば地盤沈下が生じているが、地盤沈下は、埋立地の構造物に影響を与え、とりわけ地震発生の際には埋立土砂の流動化などで取返しのつかない重大な被害を発生させる。

福岡市の周辺地域には内陸直下型地震の震源断層となりうる活断層があるから、本件整備事業においては大規模地震を想定した災害対策が必要であるところ、これをなさないまま本件整備事業が実施されようとしている。

(四) 埋立法四条一項三号違反

(1) 本件埋立ては環境基本法に基づく環境基本計画に違反する。

政府は、平成六年一二月一六日、環境基本法一五条一項に基づき、環境基本計画を定めたが、そこでは、例えば、生物の多様性を確保するという観点から生物の多様性に関する条約に基づく国家戦略を策定するほか、「人間の活動により野生動植物に取り返しのつかない影響を与えないようにするため、各種事業の実施に際して、事業の特性や具体性の程度に応じ、事前に十分に調査・検討を行うとともに、影響を受ける可能性のある生物の生息・生育に関し適切な配慮を行う」こととしているところ、本件整備事業が右計画に違反することは明らかである。

(2) 本件埋立ては、生物の多様性に関する条約に基づく生物多様性国家戦略に違反する。

生物の多様性に関する条約は平成五年一二月二九日に発効し、これに基づき、平成七年一〇月に生物多様性国家戦略が策定されたところであるが、そこでは、例えば、「湿地については、人間の生活域周辺に存在し、人間活動の様々な影響を受けていることが多いから、これらの湿地生態系の特長を維持することを目的とした保護地域の設定を推進するための施策の展開を図る。また、我が国で開催された第五回ラムサール条約締結国会議の決議を受けて、渡り鳥の渡来地として国際的に重要な湿地のラムサール条約登録湿地としての登録を進めるとともに、その適切な管理に努める。」などと定められているところ、本件整備事業が右戦略に違反することは明らかである。

(五) 埋立法四条一項違反(自然保護に関する条約違反)

本件埋立ては、国際的に重要な湿地の自然環境を破壊するとともに、各二国間渡り鳥条約に規定された保護すべき渡り鳥の生息地を破壊するので、ラムサール条約並びに各二国間渡り鳥条約に違反し、条約遵守義務を定めた憲法九八条二項に違反する。

なお、埋立法四条一項各号は、最小限の免許基準を例示的に定めたものにすぎないところ、憲法九八条二項の条約遵守義務の趣旨からすると、条約違反の埋立ては、埋立法四条一項各号に規定されていなくとも、同項に違反する。

(六) 適正手続(憲法三一条)違反

本件整備事業のように、国際的価値を持つ市民共有の財産としての自然環境を改変する事業にあっては、その手続は十分な世論の合意と適正な環境影響評価手続を経て実施されなければならない(憲法三一条)ところ、本件整備事業は、次のとおり右のいずれをも欠いているから、違法である。

(1) 合意形成の欠如

本件整備事業は、昭和六三年四月に構想として発表された当初から、多くの市民の反対や見直しを求める声が上がったにもかかわらず、このような世論を無視して進められており、合意形成は全くできていない。

(2) 適正な環境影響評価手続の欠如

イ 本件環境影響評価は実施要綱に基づき実施されているところ、そもそも実施要綱自体、既に国際的に確立された環境影響評価に関する準則を満たしていない。

したがって、本件環境影響評価にも次のような欠陥があり、到底適正な環境影響評価たり得ないから、本件整備事業は適正な環境影響評価を経ているとはいえない。

① 代替案及びゼロサム案の欠如

環境影響評価に関する最初の体系的な法制度として国際的に認められている米国の国家環境政策法(以下「米国環境法」という。)においては、本案と並んで代替案(本案よりも環境への影響が少ない案)及びゼロサム案(全く開発をしない案)の提示が義務付けられている。

環境影響評価は、そもそも開発・環境を巡る政策決定に住民の意向を反映させるという住民自治の理念に基づくものであるから、複数の選択肢を示して、それを住民自身に選択させるという方法を採ってこそ、実効的なものになる。また、自然環境は極めて複雑なものであるから、開発が環境に及ぼす影響をいくら科学的に予測したとしても、単純化・抽象化した数値による計算に基づく以上、自ずと限界はある。そうであるからこそ、ある程度蓋然性をもった予測を複数の場合について行い、それを比較して選択・決定するということが重要なのである。

しかるに、本件環境影響評価は、事業者が計画している本案についての予測がなされているだけである。

② 計画段階からの環境影響評価の欠如

本件整備事業は、本来、西部地区の埋立て及び香椎パークポートの埋立てと一体の事業であるところ、このような場合、米国環境法やヨーロッパの多くの先進国の制度においては、全体の事業計画が策定された段階で住民の意見を問うこととされているが、福岡市は、このような計画段階からの環境影響評価を行わず、それぞれの埋立事業を切り離して個別に環境影響評価を行っている。

③ 内容を検証する第三者機関の欠如

米国環境法においては、環境影響評価が行われた場合、それが科学的な予測たり得ているか否かを審査する機関があり、その機関が科学的であると認めたもののみが住民に公開される。開発を行おうとしている事業者が自分で環境影響評価を行う場合、その客観性に疑問が生じるのは当然であるから、客観性・科学性を担保するために第三者機関による審査が必要となるのである。

これに対し、本件環境影響評価は、事業者である福岡市が行ったものであって、第三者機関による検証を経ていないままであり、これでは事業者の恣意をチェックするべくもない。

ロ また、事業者が環境の現状と事業実施による環境への影響評価を記載した準備書を関係住民に縦覧し、関係住民や知事からの意見を求めて、自主的に環境への悪影響を防止しようという環境影響評価の目的を達成するためには、単に形式的に右手続を踏むのではなく、少なくとも、事業者が環境破壊を未然に防止する真摯な観点に立って適正な調査・予測を行い、これに基づいて準備書が作成されていること、住民が十分に検討して意見を述べられるように準備書の記載が配慮されていること、住民や知事の意見に対して真摯に耳を傾ける姿勢を事業者が持ち、それらの意見に道理があれば、調査・予測をやり直し、その結果、計画を変更又は中止することもあり得るという姿勢を持っていることなどが必要である。

ところが、本件環境影響評価においては、次のとおり、到底右要件を満たしていない。

① 科学的に適正な調査・予測が行われていない。

② 本件準備書の縦覧期間が年末年始の住民が最も多忙な時期に設定されていたり、本件準備書が膨大であるにもかかわらず、科学的検討に必要なデータが開示されていないどころか、逆に素人には理解し難いものになっていたり、説明会も、配布されたパンフレットをなぞるだけの運用がなされたりするなど、住民の意見を真摯に聴くという配慮に欠けている。

また、福岡市民全体の関心事であるにもかかわらず、関係地域が東区のみに限定され、広範な市民の声に耳を傾けるという姿勢が欠如している。

③ 住民はもとより福岡県知事からも再調査や再予測を求める意見が寄せられたにもかかわらず、福岡市はこれを無視した。

また、被告市長自らも、本件環境影響評価の手続開始直後から、世論を無視する発言をし、環境影響評価を形式的な手続としか位置付けていない姿勢を示している。

ハ 被告市長は、昭和五六年、内閣が国会に提出した環境影響評価法案が成立することを前提に、福岡市として環境影響評価条例の制定の必要性はないものと判断し、同市議会もこれを支持して住民の直接請求に係る右条例案を否決したものであるところ、右法案は廃案になり、その後も本件環境影響評価が実施されるまで制定されるに至っていないのであるから、同市としては、計画段階からの環境影響評価や代替案の検討、地域住民の意思の反映などの内容が盛り込まれた環境影響評価条例を制定した上、環境に配慮した社会的意思決定をすべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、漫然と実施要綱にのみ依拠して、本件環境影響評価を実施した。

ニ 本件整備事業は、昭和五三年に改訂された博多港港湾計画に基づくものであるところ、同計画は合計九四一ヘクタールにも及ぶ博多湾東部地域及び西部地域を埋め立てようとするものであるにもかかわらず、福岡市は、まず、昭和五六年に西部地域のみにつき、次に、昭和六一年に東部地域のうち名島地区につき、それぞれ細切れに環境影響評価を実施したばかりか、各環境影響評価において、後続の埋立事業がないことを前提に評価書を作成している。また、昭和四七年に改訂された博多港港湾計画において採用されていた人工島方式が、前記昭和五三年の港湾計画改訂の際に、周辺海域の環境を悪化させるという理由で陸続き方式に変更されたにもかかわらず、本件港湾計画において特段の根拠等も示さず突如として人工島方式が復活されている。

5 本件公金支出の相当の確実性

本件整備事業は、既に埋立工事に着工し、現在もなお進行中であるから、福岡市が工事請負契約などを締結し、これに公金を支出することは相当な確実さをもって予測されるところである。

6 回復困難な損害の発生

干潟や浅海域の自然環境は、一度破壊されてしまうと元には戻らない。

また、本件埋立事業のために福岡市が支出する公金は、工事費用だけで約二二〇〇億円にも及び、後日、被告市長に対し損害賠償の代位請求をしても回収は不可能である。

したがって、本件公金支出が回復困難な損害を発生させることは明らかである。

7 住民監査請求及びその結果

平成六年三月二五日、原告らは福岡市監査委員に対し、地方自治法二四二条に基づき住民監査請求をし、同年五月一八日、右監査委員は原告らに対し、右請求には理由がない旨の通知をした。

8 結論

よって、原告らは、被告市長に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、本件公金支出の差止めを求める。

二  本案前の抗弁(別訴禁止規定違反)

第一五号事件に先立ち第一四号事件が係属しているところ、第一五号事件の訴えは、第一四号事件における被告市長に対する請求と同一の請求をするものであるから、第一四号事件が適法に係属しているとすれば、第一五号事件の訴えは地方自治法二四二条の二第四項の規定に違反し不適法となる。

三  請求原因に対する認否

1 請求原因1、5及び7の各事実はいずれも認める。

2 請求原因2の事実のうち、前段は否認し、後段は認める。

3 請求原因3は争う。

4 請求原因4については、(一)(1)の事実のうち、干潟や浅海域などの水辺環境が、熱帯林と並んで、多様な生態系を豊かに育み、地球上の生物多様性を確保する上で重要な自然環境であること、国境を越えて渡来する渡り鳥にとって、豊富な餌を提供する渡りの中継地・生息地となっており、渡り鳥の地球規模での渡りのルートを保護する上からも欠くことができないこと、水質を浄化する機能を有することは認めるが、その余は知らない。同(2)の事実は認める(ただし、クロツラヘラサギが定期的に飛来するのは今津干潟である。)。同(3)の事実のうち、和白干潟等が、博多湾における渡り鳥の中継地・生息地の中核として、東アジアにおける地球規模での渡りのルートの存続の上で、また、渡来してくる絶滅危惧種の渡り鳥を絶滅のおそれから守る上で、国際的に重要な自然環境であることは認めるが、その余は知らない。同(4)の事実のうち、我が国がラムサール条約及び各二国間渡り鳥条約を締結していることは認めるが、その余は知らない。

同(二)ないし(六)はいずれも争う。

5 請求原因6の事実は否認する。

四  本案についての被告市長の主張

1 本件整備事業は、福岡市、国及び博多港開発株式会社がそれぞれの施行区域に関し、それぞれが事業主体として埋立法二条一項に基づく免許又は四二条一項に基づく承認を受け、独自の事業として実施するものであり、国及び博多港開発株式会社が施行する埋立事業に関しては、被告市長は答弁する立場にない。したがって、以下、項を改めて、本件整備事業が違法であるとの原告らの主張(請求原因4)に対して順次反論するが、その際には、本件埋立事業に限って主張する。ただし、本件環境影響評価に関する部分は、これが本件整備事業について行われていることから、本件埋立事業にとらわれずに主張する。

2 埋立法四条一項一号違反との主張について

福岡市は、本件埋立事業を施行するに際し、法に基づく適正な手続を踏まえて本件免許を取得しているところであるが、港湾管理者の長が免許するに当たっては、免許の基準として埋立ての免許の出願が埋立法四条一項各号に適合することを判断しているし、また、埋立法四七条一項により、主務大臣(運輸大臣)の認可を受けることとされていて、ここでも、同様の判断がなされているから、本件埋立事業は埋立法四条一項一号の要件を満たしている。

また、本件埋立事業は次のとおり必要性がある。

(一) 港湾施設整備の必要性について

博多港は、福岡市を初めとする博多港背後圏の市民生活や都市活動に必要となる物資を中心に取り扱っており、北九州港との機能分担も踏まえて、本件港湾計画では平成一二年の将来貨物量を約二九六〇万トン(フェリーによる航送車両を除く。)と予測しているところ、平成七年における取扱貨物量は約三四一六万トンで、既に右将来貨物量を上回っているから、新たな港湾施設の整備が必要である。

また、港湾法二条二項は国の利害に重大な関係を有する港湾で政令で定めるものを「重要港湾」と規定し、同法四二条二項は重要港湾のうち外国貿易の増進上特に重要な港湾で政令で定めるものを「特定重要港湾」としているところ、右政令によれば、九州地域では博多港及び北九州港が特定重要港湾と定められており、外貿コンテナパース等の整備の必要性があるのは明らかである。

(二) サイエンスパーク整備の必要性について

(1) サイエンスパークは、福岡市の産業構造の重層化、経済の自立性の確保や人材の定着を目的として、都市型製造業の住工混在の解消や育成強化、基礎研究から応用・開発研究に至る様々な研究施設の集積を図るもので、福岡市の将来にとって必要なものである。

なお、福岡市は、食料品製造業用地、出版・印刷・同関連産業用地及び金属機械器具製造業用地(以下「工業用地」という。)を事業者として整備することになっているが、研究施設用地及び交流施設用地については、博多港開発株式会社が事業者として整備することになっており、被告市長としては答弁する立場にない。

(2) 工業用地の必要性

福岡市の産業構造は、第三次産業に特化しており、製造業の構成比の急速な低下が見られるところ、同市がバランスある都市として成長してゆくためには製造業の育成・強化が急務となっている。また、同市の製造業事業所の立地状況は住工混在が著しくなっており、工場側には工場拡張の困難性や操業規制等の問題が、住民側には騒音や振動による生活環境の劣悪化の問題が生じている。したがって、住工混在を解消し、都市型製造業の育成強化を図ってゆくためには、工業用地の確保が必要である。

なお、福岡市は、昭和六三年五月に「福岡市東部地区産業立地意向アンケート」を実施したが、埋立ての規模を算定する一資料とするためのものであり、個々の企業の進出計画に応じて工業用地を確保しようとするものではない。

(三) 住宅用地整備の必要性について

福岡市は、福岡市総合計画において、平成一三年の人口を一四一万五〇〇〇人として予測しており、これに対応して水、ごみ処理や住宅地の確保等を計画している。将来の住宅地の確保に当たっては、既存市街地の高度利用や未利用地の活用、市街化調整区域から市街化区域への計画的編入によっても対応することができない人口について、臨海部での埋立てにより創出される土地で対応することにしている。

(四) 緑地整備の必要性について

港湾施設、サイエンスパーク等の整備のため埋立てを行う必要がある以上、そこで働き、住む人々のための憩いの場としての緑地は当然必要である。

(五) 東部地域の交通渋滞解消について

第一四号事件の四2(三)(3)に同じ。

(六) 事業費の過大な負担について

本件埋立事業の事業費について福岡市民の負担が過大であるか否かは財政運営上の政策に係る問題であり、被告市長が調製した予算(地方自治法一四九条二号)について、福岡市議会が議決(同法九六条一項二号)によってその是非を判断すべき事項である。

3 埋立法四条一項二号違反、人格権及び環境権侵害との主張について

(一) 第一四号事件の四2(一)の冒頭部分に同じ。

(二) 本件埋立ての対象水域の消滅による悪影響について

(1) 鳥類の生息域の消滅について

本件整備事業においては、和白干潟等の生態系の保全に配慮して干潟と一体となった約四七〇ヘクタールの海域が残されるし、本件埋立てによっても和白干潟周辺の水質や底質が悪化することはなく、海生生物への影響は殆どないことから、海域の一部消滅や本件埋立てに伴う工事による鳥類の生息状況への影響は小さい。

海ガモ類やカイツブリ類は、潜水深度が主に一ないし三メートルであり、本件埋立てにより消滅する海域の平均水深が3.5メートルないし四メートルであることからすれば、干潮・満潮を問わずに和白・香椎沖で採餌することに支障はないし、また、仮に三メートルより深い海域で採餌しているとしても、消滅海域と同程度の水深の海域は、本件人工島予定地周辺に広く存在するから、水鳥の採餌場は保全されている。

(2) 底生生物の生息域の消滅について

エビやカニなどの甲殻類の幼生は、浮遊生活をする動物プランクトンの一種であり、潮の流れにより浮遊し、博多湾全域で見られるものである。そして、動物プランクトンは、本件埋立てにより分布域が減少するが、潮流の変化が本件人工島予定地近傍に限られ、水質の変化も殆どないので、プランクトンの生息状況への影響は殆どない。

なお、本件埋立てにより本件人工島予定地に生息する底生生物の生息域の一部が消滅するものの、和白干潟等には多くの底生生物が生息し、潮流の変化は本件人工島予定地近傍に限られ、水質及び底質の変化も殆どないことからその生息環境が保全されるので、底生生物への影響は小さく、水域の浄化機能への影響は少ない。

(三) 周辺水域(特に本件人工島の背後水域である和白干潟沖)への悪影響について

(1) 背後水域の悪化について

本件整備事業により本件人工島予定地と雁の巣、香住ヶ丘や香椎パークポートの間では潮流は多少速くなるが、和白、香椎、御島崎海域の海流は、本件人工島がない場合と比較して遅くなることはない。さらに、将来、下水処理場での高度処理が導入されること及び現在、和白海域に放流している和白下水処理場の放流口を本件人工島予定地の西端に変更することにより、本件人工島周辺海域の水質は、現状よりも改善される。

昭和五三年の博多港港湾計画の改訂においては、昭和四七年に改訂された港湾計画における人工島方式では、埋立地背後水域は当時の現況に比べ、流速が大きく低下して停滞水域となり、拡散についてもそれによる影響が認められたことから、埋立方式を陸続き方式に変更したものであるが、本件港湾計画における人工島方式では、背後水域が停滞水域となることはなく、本件人工島予定地周辺の水質保全を図ることができると予測されたことなどから、埋立方式を再び人工島方式に改めたものである。

(2) 背後水域の塩分濃度低下のおそれについて

和白下水処理場の放流口の変更に伴い、和白下水処理場の放流地先で16.2パーミルが、0.1ないし0.3パーミル上昇する程度であり、本件整備事業による塩化物イオン濃度の変化は殆どない。

(3) 背後水域の浅海化・陸地化のおそれについて

本件人工島がある場合とない場合とでは、本件人工島予定地近傍の水路部における流速の差が多少あるものの、その他の海域では流速の変化は小さく、塩化物イオン濃度の変化も殆どない。また、本件人工島予定地周辺海域への河川からの流下土砂量は少なく、水質及び底質への影響も小さい。したがって、本件整備事業の実施によって本件人工島の背後水域の浅海化・陸地化が生じることはない。

(4) 底質の悪化について

一般に、底生生物や干潟・砂浜生物の個体数は、優占種の変遷や季節的な要因により大きな変動が見られるものといわれており、個体数の変動をもって直ちに底質が悪化しているとはいえない。

また、本件人工島の存在に伴う底生生物への影響については、生息域の一部消滅等により生息状況が変化するものと考えられているが、底生生物は周辺海域に広く分布していること及び潮流の変化は本件人工島予定地近傍に限られ、水質・底質の変化も殆どないことから、生息状況への影響は小さい。干潟生物についても、人工島方式により干潟を保全すること、潮流の変化は本件人工島予定地近傍に限られ、地形変化は小さいこと及び水質・底質への影響も殆どないことから、影響は殆どない。したがって、底生生物、砂浜・干潟生物の減少による浄化能力の減少や底質の悪化ということはない。

(5) 鳥類の生息環境の消滅について

前記(3)のとおり、和白干潟が陸地化することはなく、同干潟及びその前面浅海域で水質や底質が悪化することはない。したがって、餌生物の生息状況の変化も小さいから、鳥類の生息状況への影響は小さい。

(四) 悪臭の発生について

本件整備事業の実施に伴う水質や底質への影響は小さいから、底質の悪化やアオサの異常発生はなく、悪臭により周辺住民の生活環境が破壊されることはない。

(五) 景観の破壊について

本件評価書によると、本件整備事業の実施に当たっては、建物等の適正な配置を行うとともに、親水護岸や幅約四〇メートルの緑地を配置するなど、周辺の景観との調和を図るとともに、環境の保全に相応しい良好な全体景観を創出することから、景観変化の影響は小さいものと予測している。

さらに、福岡市は、専門家等の意見を聴いて景観形成ガイドラインを策定し、良好な景観の創造に努めることとしている。

このように、福岡市は、景観への十分な配慮を行うことにより、環境変化の最小化に努めることとしている。

(六) 交通渋滞の悪化による生活環境の破壊について

第一四号事件の四2(三)(3)に同じ。

(七) 災害発生のおそれについて

本件埋立てにおける埋立工事の設計に当たっては、「港湾の施設の技術上の基準を定める省令」(昭和四九年七月一六日付け運輸省令第三〇号)に基づき定められた「港湾の施設の技術上の基準・同解説」によるほか、運輸省港湾技術研究所や学識経験者等による博多港港湾整備事業推進協議会専門委員を設置し、災害発生対策に関しても技術的検討を十分に行いながら設計している。

また、埋立土砂の流動化(液状化現象)とは、強い地震による振動で緩く詰まった砂質土の粒子の組合せが崩壊し、地盤が泥水のように流動化し、支持力がなくなる現象をいうが、本件埋立てにおいては、主に均一な砂とは異なるシルト及び粘性土を用いて行い、埋立て後、ボーリング調査を密に行い、その地盤状況及び土地の利用目的に応じた地盤改良を行って、よく締まった良好な地盤の埋立地を造成してゆくこととしている。

(八) 人格権及び環境権侵害について

第一四号事件の四2(二)に同じ。

4 埋立法四条一項違反(自然保護に関する条約違反)との主張について

(一) ラムサール条約は、各締約国の領域内にある湿地の保全とワイズユース(賢明な利用)を目的とする政府間の協定であり、そこには具体的な保護の手段が明示されておらず、それぞれの国内法に委ねられているところ、我が国では、鳥獣及び狩猟に関する法律、自然環境保全法及び自然公園法によって、湿地の保護の措置が講じられている。

(二) また、各二国間渡り鳥条約は、渡り鳥がそれぞれの国に季節的に生息しており、鳥類の保全のためには両政府間の協力を欠くことができないものであることから締結されたものである。右条約には、「各政府は渡り鳥の捕獲及び卵の採取を禁止するものとする」と規定されており、我が国では鳥獣及び狩猟に関する法律によって渡り鳥の保護の措置が講じられている。

5 適正手続(憲法三一条)違反との主張について

(一) 「合意形成の欠如」について

事業者である福岡市は、埋立法所定の手続に基づき適正に本件免許を取得し、また、環境影響評価に関しても実施要綱などに基づき適正な手続を経て実施している。

また、本件整備事業の計画策定の段階から意見発表会の開催など新たな手法を積極的に取り入れて市民の意見の把握とそれの事業計画への反映、更には市民の合意形成に努めてきたところである。

(二) 「適正な環境影響評価手続の欠如」について

(1) イ及びロについて

原告らの主張は、結局、我が国における環境影響評価制度に対する意見ないし批判というべきものであって、立法政策論に関わる事項にほかならないから、本件免許の埋立権原の有効無効を左右するものではない。

なお、OECDが行った加盟国に対する環境影響評価立法化の理事会勧告が、加盟国に対し法的拘束力を有しないものであることはいうまでもないが、原告らの主張する国際的な環境影響評価に関する準則なるものは、国際社会で一般的に承認・実行されている国際慣習法として確立されるまでには至っていないものであって、「確立された国際法規」(憲法九八条二項)には当たらず、また、その内容が国内行政に関する具体的定めを含んでいるものでもない。

(2) ハ及びニについて

この点に関する原告らの主張は、本件埋立事業の手続的違法性を主張するものではないといわねばならないが、以下、念のため反論しておく。

ハについて

当時の福岡市長は、環境影響評価条例案の審議に際し、国の動向を踏まえる旨答弁したにすぎず、同条例の制定を公約したものではないし、そもそも条例の制定は、議会の議決によらねばならないことはいうまでもないことである。

ニについて

原告らの主張する埋立事業については、昭和五三年の博多港港湾計画の改訂に際して、港湾計画全体が実施された場合に環境に与える影響について、予測、評価し、環境への影響が小さいことを確認している。

また、個々の事業の実施に当たっては埋立法、実施要綱などに従って、個別具体的に当該事業が環境に与える影響について予測、評価してきたところであり、個々の事業の実施時期については、各事業の成熟度、緊急性を考慮した政策判断によるものである。

なお、本件整備事業は、本件港湾計画に基づくものであり、昭和五三年に改訂された博多港港湾計画に基づくものではない。

五  原告らの主張(本件環境影響評価及び本件評価書に対する批判)

1 水質汚濁について

(一) 潮流予測の誤り

(1) 本件評価書は、二次元二層非定常モデルというシミュレーションモデルを採用して潮流などの変化を予測し、また、右モデルを前提にしながら、「水深四メートル以上を上層、それ以下を下層」と定義している。

(2) しかしながら、本件人工島予定地のような水深四ないし五メートル程度の浅海域についての潮流変化や物質の拡散についての影響予測は、本来、水理模型を用いた実験結果によりなされるべきで、右モデルの浅海域への採用はそもそも原理的に誤っている。

また、右のような浅海域にあっては、前記定義を前提にする限りは殆どが上層に関する式のみを適用するという結果になってしまうが、これでは実質的には単層モデルによるシミュレーションということになり、運動方程式の下層の式のみに含まれている海底との摩擦に関する項は無視されてしまう。このような潮流変化予測は正しい影響予測にはなり得ない。

(3) 浅海域における計算式には、当然、風によって生じる吹送流も考慮しなければならない。とりわけ博多湾においては冬季の吹送流の影響が大きい。

さらに、本件人工島の背後水域では、渦流エネルギーによる潮汐残差流という一種の環流が独自の流れとして発生することが多いし、また、反時計回りの環境の発生も予測される。

しかるに、本件評価書はこれらの点を全く無視している。

(二) リンの高度処理だけを問題にしていることの非科学性

本件評価書は、リンだけを減らせば富栄養化が避けられるという前提に立っているが、そもそもその前提自体が誤っている。閉鎖性水域である博多湾における富栄養化の進行には、リンよりも窒素こそが重要な役割を果たしている。このことは、今や専門家の間では常識の部類に属するし、後記(三)(1)のとおり、本件免許に係る環境庁長官の意見においても、その点を踏まえた指摘がなされている。

(三) 将来、博多湾のCOD値が環境基準を満足させられるという結論の欺瞞性

(1) 本件評価書は、将来の下水道の普及率の向上及び下水の高度処理によるCOD負荷量や全リン排出量の削減という前提に立って右結論を導いている。本件免許に係る環境庁長官の意見も、本件埋立区域周辺の海域の水質保全に万全を期するために、「①水質予測の前提となっている博多湾の流域内の下水道の整備を計画的かつ確実に実施すること。②博多湾の流域内の下水道のすべての終末処理場において、水質予測の前提となっている高度処理を計画的かつ確実に導入すること。③上記の対策に加え、中・長期的かつ総合的な博多湾水質改善対策を検討し、実施すること。特に博多湾の汚濁機構の解析として、COD、リン・窒素の陸域からの負荷、底泥からの溶出、内部生産等に関する検討を進めるとともに、発生源対策、湾内の有機物削減対策を検討し、実施すること。」を求めている。

(2) しかしながら、下水中の全リンの実用的な除去技術(MAP法など)は現在開発中のものであるし、除去の結果発生する膨大な量のリン含有沈殿物の後処理問題などは未解決のままである。また、右高度処理に関する具体的な予算措置の裏付けも現時点ではない。特に福岡県は、その所管にかかる流域下水処理場の高度処理について未だ実施計画すら立てていない状況である。

(3) また、環境影響評価は、当該事業の完成直後の当該地域の状態を前提にしなければならず、当該対象行為以外の事業活動によりもたらされる地域の将来の環境状態の予測は、国又は地方公共団体から提供された入手可能な公的資料に基づいてなされなければならない。そして、そのような予測が困難な場合には現在の環境状態を前提に評価がなされなければならない。

ところが、前記事情に照らせば、本件整備事業の完成時に、本件評価書が前提にした高度処理が実施されているという保証は全くない。また、福岡市は、本件評価書の作成に際し、博多湾に注ぐ河川の福岡市以外の流域の下水処理を所管する福岡県から、高度処理に関する公的な資料の提供すら受けていない。

(4) さらに、本件評価書は、環境条件に基づく将来の水質について、ケース1として、和白下水処理場の放流口が本件人工島予定地の西端で、福岡市の全下水処理場のみにおいて高度処理を実施した場合、ケース2として、和白下水処理場の放流口が現状の位置で、福岡市の全下水処理場及び流域下水処理場において高度処理を実施した場合、ケース3として、和白下水処理場の放流口が現状の位置で、福岡市の全下水処理場のみにおいて高度処理を実施した場合を設定して検討しているが、右のうち、ケース1については、和白下水処理場の放流口が本件人工島予定地の西端に建設されるのは、本件人工島が建設された後、さらにその地盤の安定に要する五年以上の期間が経過してからのことであるが、このような迂遠な可能性を前提にすること自体非常識であり、適当ではないし、また、ケース2については、福岡県では河川流域下水処理場の高度処理について未だ実施計画すら立てていないのであるから、非現実的な条件を前提にしたものといわざるを得ない。

最も現実的なのはケース3であるが、これとて、中部下水処理場の用地不足が取り沙汰されているところからすると、その実現可能性には疑問がある。仮にその点を措くとしても、同ケースにおけるCOD七五パーセント値の予測結果は、いずれも一リットル当たり、湾奥部付近では四ミリグラム、和白干潟に近い雁の巣で3.8ミリグラム、香椎に最も近い所でも同じ値であり、環境基準値の三ミリグラムをはるかに超えている(本件評価書四四七頁の図6―1―37)。

(5) それにもかかわらず、本件評価書は、右のケースの場合をも含めて、前記のような結論を導いているのであるが、その際の環境基準点とされているE―2及びE―6はいずれも本件人工島予定地の周辺海域(特に、湾奥部)よりもはるかに水質条件のよい湾口部に位置しているのである(同書四四七頁の図6―1―37、一七〇頁の表3―2―14など参照)。このような基準点の選択は余りに恣意的というほかはない。

(四) これまでの環境影響評価における福岡市の水質予測の無責任さ

福岡市は、地行・百道地区(シーサイドももち)と小戸・姪浜地区(小戸マリナタウン)の埋立てに際して、昭和五六年に環境影響評価を行っているが、その水質予測では、平成二年の時点において全ての測定点で環境基準を満たす筈であった。ところが、平成三年度の調査結果によれば、博多湾内の九か所の測定点のうち八か所で環境基準を超え、しかも、そのうち七か所では過去最悪の数値を示している。とりわけ本件人工島予定地の海域は最も水質悪化が進んでいる。名島地区(香椎パークポート)の埋立てに際して、博多湾東部海域について昭和六一年に福岡市が行った環境影響評価における水質予測でもこれに類した結果になっている。

したがって、福岡市の水質予測は到底信用することができない。

2 地形・地質の変化について

(一) 本件評価書は、本件人工島予定地周辺は静穏な海域であり、海岸付近の潮流の変化も小さいことからすると、地形の改変は殆どないものと考えられ、志賀島から海の中道に至るまでの貴重な地形に対する影響も殆どなく、砂浜干潟に対する影響も同様に殆どないものと考えられるとしている。

(二) しかしながら、海岸の砂は漂砂現象によって常に移動しており、補給がなければ侵食が進み、障害物があれば堆積し、潮流が変われば移動量も変化する。地形変化を予測するには、こうした湾内の漂砂現象のメカニズムを正確に把握し、本件人工島が建設されることにより右現象にどのような影響が及ぶかを科学的に予測し、それによる汀線の変化を予測しなければならない。

また、本件整備事業では、本件埋立てに伴い航路や泊地を浚渫することになっているから、これにより浚渫部分は水深が現在の二倍以上になる所も少なくない。このように水深が急激に深くなると、海岸から沖に向かって砂が移動し易くなり、その結果海岸が侵食され易くなる筈である。

ところが、本件評価書は、右のような予測を全く行うことなく、安易に前記のような結論を導いている。

3 生物について

(一) 総論的批判

(1) 本件評価書では、自然を個々に分断して調査・分析しているだけで、自然を生態系として取り扱った調査・分析が実施されていない。

例えば、貝、カニ、ゴカイなどは幼生時をプランクトンとして浅海域で生活しているが、本件評価書では、干潟生物、底生生物、プランクトンなどがばらばらに調査されているだけである。成体と幼生が別々に調査されている右の生物については、本件人工島の建設による影響を予測することができない。

また、本件人工島の建設による潮流や流速の変化は地質・泥質に影響し、地質の変化は底生生物に影響し、底生生物の変化はそれを餌とする鳥類にも影響する。しかもそれぞれの影響の仕方は大きく異なる。常識的にも、巨大な本件人工島の建設により生息地を失うことになる生物たちへの影響は計り知れないものがあると考えられるのに、そのことについての専門家による本格的な調査は全く実施されていない。

(2) 本件評価書ではデータが意図的に操作されている。すなわち、本件環境影響評価で重要なのは、本件人工島予定地である博多湾の東部海域の特徴をつかむことであり、そのためには東部海域のデータと他の海域のそれとが比較されなければならない筈である。ところが、本件評価書は、そのような比較を避けて東部海域のデータと同海域を含む博多湾全域のデータの比較を行っている。これは東部海域の特徴が明らかにならないように、福岡市が都合良くデータを操作したものというほかはない(そのことが顕著なのは、底生生物の表と図である。)。

また、本件評価書は、地域間の比較を異なった年度の調査結果で行ったり、計画的に調査が実施されていないなど、その杜撰さは目に余るものがあり、およそ環境影響評価と呼べるものではない。

(3) さらに、本件評価書の最大の問題点は、結論の前提となった基礎データが殆ど示されていないこと及び記載内容が著しく分かり難いことである。

(二) 各生物への影響について

(1) プランクトン

本件埋立てに伴う工事により、水底の泥や栄養塩類が巻き上げられ、海水が濁ったり、赤潮が発生したりすることが考えられるが、本件評価書はこの点を無視している。

(2) 魚卵・稚仔魚

本件環境影響評価においては、表層に生息するものに対する調査しか実施されていないが、本来なら、表層、中層及び低層に分けて網を引いて調査すべきものである。

(3) 遊泳生物

本件環境影響評価では数種類の分布しか分かっていない。

(4) 底生生物

底生生物は、それぞれの種でかなり生息環境が異なるため、各種類ごとのきめ細かな調査が必要であるし、また、底質によってその分布が大きく影響されるため、底質の粒度分析が必要不可欠である。

ところが、本件環境影響評価では、右のような調査が殆ど行われていない。

(5) 潮間帯生物

潮間帯生物には幼生期をプランクトンとして浅海域で過すものが多く、本件埋立てにより影響を受ける筈であるのに、本件評価書には影響がないとの誤った結論が記載されている。

(6) 海草

本件埋立てによって今以上にアナアオサが和白干潟に堆積・腐敗し、付近の環境を悪化させることが考えられるのに、その分布・動態に関する詳しいデータは全く示されていない。

(7) 干潟生物

ゴカイ、アサリ、カニなどは幼生期をプランクトンとして浅海域で過ごすものが多く、本件埋立てにより大きな影響を受けることが予測される。また、カニ等の分布は、底質の粒度組成に大きく影響されるが、本件埋立てにより右生物の生息場所の底質が変化することは明らかであるのに、本件環境影響評価では、その点の調査すら行われていない。

(8) 鳥類

本件整備事業が鳥類の生息に及ぼす影響を予測するには、特に本件人工島予定地及び隣接地域において、日中だけではなく、二四時間の調査を、個体または群れの位置と数、それぞれの行動、餌、移動経路などについて行い、その地域での鳥の生態を把握する必要があるが、本件評価書にはそのような情報が乏しく、本件環境影響評価では、その種の調査・分析が行われていない。

また、本件評価書は、鳥類に関してしばしば「主要生息地」という言葉を用いているが、その定義は曖昧なままであり、各鳥類の実際の分布を無視して本件人工島予定地からはずれた地域を主要生息域と判定するなど恣意的な判断をしている。

(第一六号事件)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告らは、いずれも福岡市に住所を有する住民である。

(二) 第一四号事件の請求原因1(二)に同じ。

2 第一四号事件の請求原因2ないし6に同じ。

因みに、同2は人工島埋立計画の概要、同3は本件整備事業の実施に至る手続、同4は本件整備事業の違法性、同5は福岡市の被った損害額、同6は被告桑原の責任原因である。

3 住民監査請求の前置

平成六年二月二八日、原告らは福岡市監査委員に対し、住民監査請求をしたが、同年四月二六日、右監査委員は原告らに対し、右監査請求は理由がない旨の通知をした。

4 結論

よって、原告らは、被告市長に対しては、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、本件整備事業(実質的にはそのうち本件人工島予定地における福岡市の埋立事業に限られる。)に関する公金支出等の差止めを、被告桑原に対しては、同項四号に基づき、福岡市に代位して損害賠償金一億七四三六万二九九二円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成六年九月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  本案前の抗弁

1 別訴禁止規定違反

第一六号事件に先立ち、第一四号事件が既に係属しているところ、第一六号事件は第一四号事件における請求と同一の請求をするものであるから、仮に第一四号事件が適法に係属しているとすれば、第一六号事件の訴えは地方自治法二四二条の二第四項の規定により不適法となるし、第一四号事件が不適法であり、第一五号事件が適法に係属している場合には、第一六号事件の訴えのうち被告市長に対する請求については、第一五号事件における請求と同一の請求をするものであるから、同項の規定により不適法となる。

2 原告適格の欠如

住民訴訟の原告は、訴え提起時だけでなく、訴訟係属中も当該普通地方公共団体の住民たる資格を要するから、訴訟係属中に住民の資格を失った場合には、原告適格を欠くに至るというべきであるところ、原告井上正三は平成八年一二月三〇日に滋賀県大津市に、原告井上治典は同年四月一日に川崎市にそれぞれ転出し、福岡市の住民としての資格を喪失しているので、右原告らの訴えはいずれも不適法である。

3 適法な住民監査請求の欠如

原告らの被告桑原に対する請求は、適法な監査請求を経ていないから不適法である。すなわち、原告らの行った監査請求のうち、福岡市が被った損害を補填する措置の請求については、特定性に欠けるとして監査の対象から除外されている。

三  請求原因に対する認否

1 請求原因1(一)の事実のうち、原告井上正三及び同井上治典については否認し、その余の原告らについては認める。同(二)の事実については、第一四号事件の請求原因1(二)に対する認否に同じ。

2 請求原因2については、第一四号事件の請求原因2ないし6に対する認否に同じ。

3 請求原因3の事実は認める。

四  本案についての被告らの主張

第一四号事件の本案についての被告らの主張に同じ。

理由

第一  本案前の抗弁について

一  第一四号事件

1  原告の当事者能力の有無について

(一) 民事訴訟法二九条が権利能力なき社団についても訴訟当事者としての能力を認めているのは、権利能力なき社団においても、対外的な活動を行う場合、民事訴訟による紛争解決の手段を付与しておくことが、法人と同様に必要かつ相当であると考えられたからである。

右趣旨からすれば、同条に規定する権利能力なき社団といえるためには、団体としての組織を備え、多数決原理が支配し、構成員の変動にもかかわらず団体そのものが存続し、その組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定していることを要するものと解するのが相当である(最高裁昭和三九年一〇月一五日第一小法廷判決民集一八巻八号一六七一頁参照)。

(二) そこで、原告が右要件を充足しているかを具体的に見ると、証拠(甲イ三ないし七、九ないし一三、証人中尾武史)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、平成五年一二月二〇日、七名の個人の参加によって設立された団体であり、次の事項を定めた規約を有している。

イ 博多湾人工島問題を多面的に考察する場を設定し、種々の検討を行うことをその目的とし、①適宜研究会を開催し、相互に意見交換を行うこと及び②その他右目的を実現するため必要な活動を行うことが予定されている。

ロ 会員及び協力会員から構成され、何人も、会員二名の推薦及び役員会の承認を受けることにより、会員となることができる。

ハ 総会(定例総会は年一回)及び役員会を開催し、いずれも出席者の過半数の同意により決議する。

ニ 役員として会長一名、事務局長一名及び運営委員若干名並びに会計監査一名を置き、いずれも会員の中から総会において選任される。

ホ 会員及び協力会員は年会費を納める義務を負い、会計事務及び財産管理は事務局長が行う。

(2) 原告は、右設立後、平成六年三月一八日には本件訴えの前提となる住民監査請求をし、それが却下されると、同年四月二八日、本件訴えを提起し、同年六月には、福岡市議会に対し、人工島計画の見直しを求める請願書を提出したりするなどの対外的活動を行うとともに、会合を適宜開催しており、同年七月一日時点において、三五名の会員を有していた。

(3) また、原告は、会員から徴収される年会費を主たる活動資金に充てることとしており、原告名義の銀行の普通預金口座を有するなど、個々の会員から独立した財産を所有している。

(三) 右認定事実によれば、原告は、前記(二)記載の要件を充足していることが認められるから、原告は権利能力なき社団に当たるものというべく、当事者能力に欠けるところはないというべきである。

2 原告適格の有無について

(一)  まず、一般に法人がその住所地のある普通地方公共団体の住民として住民訴訟の提起をすることができることについては概ね異論がないところ、権利能力なき社団においては、法人と異なり、住所地に関する法的根拠が必ずしも明らかではないことから、これを否定する見解もある。しかし、権利能力なき社団についても、法人と同様に、主たる事務所の所在地を住所地と考えて何ら不都合はない(地方税法三一七条の二第七項参照)から、主たる事務所の所在地が定められていれば、これを法人と区別して扱う理由はないといえる。

また、権利能力なき社団に原告適格を認めたからといって、個人たる住民は依然として住民訴訟を提起することができるのであるから、個々の住民に住民訴訟の原告適格を認めた意義が没却されるということにはならないし、権利能力なき社団であっても代表者の定めがあるものについては、法人同様に地方税を納付する義務を負っている(地方税法一二条参照)から、その活動区域が属する当該普通地方公共団体の財政の在り方に利害関係を有するものという点では、当該普通地方公共団体の住民個人と何ら変わりはない。

そうすると、権利能力なき社団であるからといって、そのことの故のみをもって、原告適格を否定するのは相当でないものというべきである。

(二)  もっとも、そうなると、当該地方公共団体の住民ではあっても、個人としては住民訴訟を提起する意思のない者たちが、専ら団体の名で住民訴訟を提起する目的で権利能力なき社団を結成したりすることも考えられないではなく、さらには、住民でさえない者たちが住民訴訟を提起する目的で参集して、権利能力なき社団を結成し、その主たる事務所を当該地方公共団体の区域内に置くことによって、右住民訴訟を提起することも可能となるが、このようなことは、住民訴訟の制度趣旨に反するものといわざるを得ない。したがって、権利能力なき社団の設立目的が右のようなものであると認められる場合には、当該社団の原告適格を否定するのが相当である。

そこで、原告が右場合に当たるかどうかについて検討すると、前記1(二)において認定した事実及び証拠(甲イ三、七、一〇、証人中尾)によれば、原告は、設立後間もない平成六年三月一八日に住民監査請求をし、引き続き同年四月二八日に本件訴えを提起しており、設立時期と訴訟活動開始時期とが比較的接着していること、その後も、右以外にはさしたる活動を展開していないこと、会員資格を福岡市民に限定しておらず、現に福岡市民でない者が会員になっていることが認められるから、右事実に照らせば、原告の設立目的は専ら右監査請求や住民訴訟の提起にあったものであり、しかも、福岡市ではない者にもこれに主体的に関与することを可能にすることを意図していたものと解するのが相当である。また、原告自身、福岡市の職員など、個人名を明かして住民訴訟を提起することが憚られる者の利便もあることを自認していることなどを総合的に考慮すると、原告については、右場合に当たるものということができる。

したがって、このような原告に原告適格を肯定することはできない。

3 そうすると、その余の本案前の抗弁について判断するまでもなく、第一四号事件の訴えは不適法として却下を免れない。

二  第一五号事件

1  前訴と同一性が認められる後訴が禁止されるのは前訴が適法な場合に限られるものと解されるところ、前記一において判断したとおり、第一四号事件の訴えは不適法であるから、同事件が既に係属していることの故をもって、第一五号事件の訴えが禁止されるいわれはない。したがって、両事件の同一性の有無を判断するまでもなく、第一五号事件についての本案前の抗弁は理由がない。

2  なお、付言すると、第一五号事件においては、差止めを求める対象として個々の公金支出行為が具体的に明示されていないことから、特定性を欠いていないかが一応問題となる。

しかしながら、特定の工事の完成に向けて行われる一連の財務会計上の行為についてその差止めを求める場合には、通常、右工事自体を特定することにより、差止請求の対象となる行為の範囲を識別することができ、また、右特定の工事自体が違法であることを当該行為の違法事由としているときには、当該行為を全体として一体と見てその適否等を判断することができるというべきであるから、右工事に関わる個々の行為の一つ一つを個別、具体的に摘示しなくとも、差止請求の対象は特定されているものというべきであり(最高裁平成五年九月七日第三小法廷判決民集四七巻七号四七五五頁参照)、第一五号事件においても、原告らが差止めを求めているのは、本件埋立事業を原因とする被告市長の一切の公金支出であり、公金支出の原因となる工事自体は特定されているといえるから、請求対象の特定性に欠けるところはないというべきである。

三  第一六号事件

1  別訴禁止規定違反について

(一) まず、第一四号事件との関係でいえば、両事件の訴えが同一性を有することは一見して明らかであるが、前記一において判断したとおり、前訴である第一四号事件の訴えが不適法であるから、同事件との関係で第一六号事件の訴えが地方自治法二四二条の二第四項違反を問われるいわれはない。

(二)  ただ、被告市長に対する訴えについては、更に第一五号事件との関係が問題となる(なお、右訴えの請求の趣旨は、本件整備事業(実質的には本件人工島予定地における福岡市の埋立事業に限られる。)に関する一切の公金の支出、契約の締結若しくは履行又は債務その他の義務の負担の差止めを求めるものであって、公金支出等の原因となる工事自体は特定されているといえるから、請求対象の特定性に欠けるところはないというべきである。)。

そこで、両事件の訴えの同一性の有無を判断すると、このような場合には、単に請求の趣旨が同一であるか否かではなく、請求の対象となる行為が実質的に同一であるか否かによって決せられるものと解するのが相当である。

ところで、第一五号事件の差止請求の対象は、本件埋立事業に係る公金支出であるのに対し、第一六号事件の方は、本件人工島予定地における福岡市の埋立事業に係る公金支出のほか、契約の締結及び履行並びに債務等の負担をもその対象としており、一見すると両者は完全に合致しているわけではないが、公金支出の対象事業の点では殆ど重なり合う関係にあるし、右公金支出以外の行為も最終的には公金支出の原因となるものであって、実質的には将来の公金支出の差止めを求めているものということができるから、結局、両者の請求の対象は同一であるものと認められる。したがって、第一六号事件のうち被告市長に対する訴えは、地方自治法二四二条の二第四項に違反しているものといわざるを得ない。

しかしながら、このような場合においても、後訴が住民訴訟としての他の要件を充足しているのであれば、民事訴訟法五二条の共同訴訟参加としての効力があるものとして扱うのが相当であるから、いずれにしても直ちに不適法として却下すべきではない。

2  原告適格の欠如について

住民訴訟を適法に提起することができる「普通地方公共団体の住民」たる資格は、訴え提起時のみならず、訴訟係属中も存続することを要するものと解すべきであるところ、証拠(乙五九の1及び2)によれば、原告井上正三及び同井上治典は、本件口頭弁論終結時において、福岡市に住所を有しないことが認められるから、右原告らについては、原告適格がないものというべきである。

したがって、右原告らの訴えは不適法として却下を免れない。

3  適法な住民監査請求の欠如について

福岡市監査委員は、原告らが監査対象となる財務会計上の行為について個別具体的な摘示をしなかったことを理由に、損害補填の措置請求を監査対象から除外している(甲イ一八)が、原告らの監査請求の趣旨は、本件整備事業が違法又は不当であるから、本件整備事業の実施に向けて行われた一連の準備行為に関する福岡市の公金支出が全て違法又は不当であるという点にあるものと認められる(甲イ一五、乙六)のであって、このような場合には、個々の税務会計行為を個別具体的に摘示してまで監査対象を特定しなければならない理由も必要もないというべきである。

そうすると、監査委員としては右請求を監査対象から除外することなく監査すべきであったにもかかわらず、監査しなかったということになるが、このような場合には、適法な監査請求を経ているものとみなすのが相当である。

第二  本案について

一  前記第一の三1(二)において検討したところにより、第一五号事件の訴えと第一六号事件のうち被告市長に対する訴え(ただし、原告井上正三及び同井上治典の各訴えを除く。したがって、右原告らに関する事実主張についての判断も不要となる。)については、これを共同訴訟として取り扱い、ここで一括して判断することとする。

1(一)  第一五号事件の請求原因1、5及び7の各事実並びに同2の後段の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

同2の前段の事実については、証拠(乙四、一〇ないし一二)によれば、本件整備事業は、昭和六三年に策定された福岡市基本計画及び本件港湾計画に基づいて作成されたアイランドシティ基本計画に基づき、福岡市、国及び博多港開発株式会社の三者がそれぞれ本件埋立区域(一)ないし(三)の各区域の公有水面(合計406.3ヘクタール)について、約四六〇〇億円の費用と約一〇年の期間を掛けて、一体として埋立・整備事業を施行するものであることが認められる。

(二)  第一六号事件の請求原因1(一)及び同3の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、同1(二)のうち第一四号事件の請求原因1(二)(1)に同じ部分については、福岡市が本件整備事業を推進していることが認められる(乙一一)。

また、同2のうち第一四号事件の請求原因2(一)及び(三)並びに3に同じ部分の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、同事件の請求原因2(二)の事実については、前記(一)において認定したとおり、福岡市が、国及び博多港開発株式会社とともに、本件人工島予定地及び香椎パークポート地区の各水域を埋め立てる本件整備事業を推進していることが認められるが、福岡市が、国及び博多港開発株式会社とともに、博多港ふ頭株式会社を設立した事実を認めるに足りる証拠はない。

2  公金支出の原因となる行為の違法性と公金支出の違法性―公金支出の違法性判断の前提問題(その一)

(一) 第一五号事件原告ら及び第一六号事件原告ら(以下、一括して「原告ら」という。)は、本件公金支出又は本件人工島予定地における福岡市の埋立事業に関する公金支出(以下、一括して「本件公金支出等」という。)の違法性を主張し、その根拠としていずれも当該公金支出の原因となる本件整備事業の違法性を論じるが、本件整備事業のうち福岡市の担当する本件埋立事業は本件免許に基づいて行われているものであるから、原告らの右主張は少なくとも本件免許の違法性を前提としたものと解するほかはない。

それにしても、原告らは、財務会計行為である本件公金支出等に固有の違法性については全く言及するところがないので、原告らの右主張について判断するための理論的前提として、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく公金支出の差止めは、当該公金支出の原因となる行為(以下「原因行為」という。)に違法事由があれば足りるのか否かがまず検討されなければならない。

(二)  地方自治法二四二条の二の規定に基づく住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項に規定する財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである(最高裁昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決民集三二巻二号四八五頁参照。)そして、同法二四二条の二第一項一号に基づく差止請求訴訟は、このような住民訴訟の一類型として、財務会計上の行為を行う権限を有する当該執行機関又は職員に対し、職務上の義務に違反する財務会計上の行為の差止めを求めるものにほかならないから、右差止めの対象となる当該執行機関又は職員の財務会計上の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであることが必要であり、たとえこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、それのみでは足りず、更に右原因行為を前提としてされた当該執行機関又は職員の行為も違法と評価されるものでなけばならないと解するのが相当である(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決民集四六巻九号二七五三頁参照)。

(三)  ところで、原告らは、原因行為が違法であれば、当該原因行為に基づく公金支出も違法となる旨主張し、その裏付けとして、最高裁昭和五二年七月一三日大法廷判決民集三一巻四号五三三頁を挙げるが、同判決の事案は、原因行為が契約であって、それが憲法に違反するときには無効になるから、これに基づく公金支出も違法になるのは当然であって、後記(四)のとおり、原因行為が行政処分である本件とは事情を異にするものというべく、同判決を根拠にして、原告らの主張を採用することはできない。

もっとも、財務会計行為、とりわけ公金の支出にあっては、それ自体が固有の違法性を帯びるということは、支出の根拠を欠いているというような場合以外には通常は想定し難く、多くは原因行為が違法であることにより、それに基づく公金の支出の違法性が問われることになるものというべく、その限りにおいては原告らの主張もあながち理由がないとはいえない。

(四)  ただ、原因行為がいわゆる行政処分に該当するときは、行政事件訴訟法三条二項の取消訴訟により取り消されない以上、あくまで有効なものとして取り扱われるから、この場合には、単に原因行為が違法であることを主張するだけでは足りないことは明らかである。

そして、埋立法二条一項に規定する免許は、公共の用に供する水流又は水面で国の所有に属するものについて埋立てをする権利を設定する、講学上の特許たる性質を有する行為であるから、右取消訴訟の対象となる「行政庁の処分」に当たるものと解される。したがって、右免許は、取消訴訟により取り消されない以上は、一応有効なものとして取り扱われざるを得ない性質のものである(ただし、埋立法三二条一項は、免許権者は、同項各号に定める場合には、工事竣功認可の告示日前に限り、免許を取り消すことができる旨規定しているから、取消訴訟による取消以外にも、同項に基づく取消がなされる場合があり得る。)。

そうすると、埋立免許を取得した者としては、右免許が取消訴訟などにより取り消されない以上は、これが有効であることを前提として振る舞ってよく、右免許が違法であるか否かを検討すべき法的義務を負っているとか、免許が違法であると判断したときはこれに基づく埋立工事を中止すべき義務を負っているなどと解することはできない。

なお、埋立免許を取得したからといって埋立工事を行うべき法的義務まで負うわけではない(埋立法三四条一項二号、一三条)から、免許取得者は自らの判断で埋立工事を行うか否かを選択することができるのは当然であるが、このことは右の結論を何ら左右するものではない。

(五)  右の理は、埋立免許を取得した者が地方公共団体であるときもそのまま当てはまるものというべく、したがって、右地方公共団体の長が右免許を踏まえて工事請負契約を締結するなどし、これに基づいて公金支出をしたからといって、右支出行為が直ちに違法となることはないと解すべきである。

ただし、右免許が著しく合理性を欠き、予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるという場合には、右免許の有効性を前提とした財務会計上の措置を講じる義務はないばかりか、そのような措置を講じるべきではないのであって、それにもかかわらず当該措置を講じたときは、違法性があるものと解するのが相当である(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決民集四六巻九号二七五三頁参照)。地方公共団体の長は、関係法令に基づき予算執行の適正を確保すべき責任を当該地方公共団体に対して負担するものであるところ、右のような場合には、地方公共団体の長の有する予算執行機関としての職務権限として、財務会計上の措置を講じるべきではないからである。

(六)  そこで、本件についてこれを見ると、証拠上、本件免許が取消訴訟で取り消されたとか、港湾管理者の長たる福岡市長が本件免許を職権で取り消したという事実は認められないから、本件免許は一応有効に存在しているものというべく、したがって、本件公金支出等が違法となるためには、本件免許が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があることが必要である。

なお、原告らは、免許権者である港湾管理者の長と公金支出の最終責任者とが、実質的には同一人であることから、免許基準の適合性を公正に審査することはできないのではないかと懸念しているようである。なるほど、埋立法二条一項は、公有水面の埋立てをしようとする者は、都道府県知事の免許を受けなければならないと定めているが、他方、港湾法五八条二項は、埋立法の規定による都道府県知事の職権は、港湾区域内の公有水面の埋立てに係る埋立地については港湾管理者の長が行うと定めているから、港湾区域内の公有水面の埋立ての免許は、港湾管理者の長が行うことになるところ、地方公共団体自体が港湾管理者となる場合(同法二条一項)において、公有水面の埋立をしようとする者が右地方公共団体であるときは、埋立免許の出願者と同一の地方公共団体の長が港湾管理者の長として埋立法四条一項各号の要件に適合するか否かを判断するということになる。そして、同項各号の要件を満たすものとして免許を受けたときには、右地方公共団体は、右免許に基づき、工事請負契約等を締結したりして公金を支出するなどして、埋立工事を施行する運びとなるわけであるから、原告らの指摘に一定の根拠がないわけではない。しかしながら、他方で、埋立法四七条一項及び同法施行令三二条は、運輸大臣が甲号港湾として指定した港湾の埋立ての免許や埋立区域の面積が五〇ヘクタールを超える埋立ての免許などについては、運輸大臣の認可を受けなければならないものと規定し、また、埋立法四七条二項及び同法施行令三二条の二は、埋立区域の面積が五〇ヘクタールを超える埋立てなどについて運輸大臣が右認可をしようとするときは、環境庁長官の意見を求めなければならないものと規定している。これによれば、埋立法自体が、一般に大規模な埋立てで港湾の現状に相当程度の影響を及ぼすと予測されるものについては、免許権者のみならず、国のレベルでより広い視野から適正・妥当な埋立てであるか否かを審査することを予定しているのであり、本件埋立てもこれに該当するものであるから、原告らの右懸念は結局は当たらないというべきである。

3  検討の対象とすべき事業の範囲―公金支出の違法性判断の前提問題(その二)

第一五号事件原告らは、本件整備事業全体を評価の対象としなければ、その違法性を判断することは不可能である旨主張し、他方、被告市長は、本件整備事業は、福岡市、国及び博多港開発株式会社の三者がそれぞれの担当区域を独立して埋立事業を施行するものであるとして、国及び博多港開発株式会社の各埋立事業については、関知しないとの態度をとっている。

確かに、国及び博多港開発株式会社は、それぞれの担当区域の公有水面を埋め立てるためには、各々埋立法所定の承認又は免許を受けなければならず、右承認又は免許に基づいて工事請負契約等を締結して事業を遂行するのであるから、仮に国又は博多港開発株式会社の施行する事業が違法であるとしても、そのことによって直ちに本件埋立事業が違法であるということにはならないが、前記1(一)及び(二)において認定したとおり、本件整備事業は、福岡市、国及び博多港開発株式会社の各担当区域の埋立て及び整備が完了することによって、初めて所期の目的が達成されることになるという意味において、一体性があるものということができるし、本件環境影響評価も、本件埋立事業以外の国及び博多港開発株式会社の各埋立事業をも含めて一体として実施されている(乙一二)ことなどに照らせば、以下の検討においても、本件整備事業全体を対象として考慮するのが相当である。

4  和白干潟等の自然環境としての重要性―公金支出の違法性判断の前提問題(その三)

(一) 干潟や浅海域などの水辺環境が、熱帯林と並んで、多様な生態系を豊かに育み、地球上の生物多様性を確保する上で重要な自然環境であること、国境を越えて渡来する渡り鳥にとって、豊富な餌を提供する渡りの中継地・生息地となっており、渡り鳥の地球規模での渡りのルートを保護する上からも欠くことができないこと、さらに、多様な生物の営みを通じて、水質を浄化する機能を有することは、被告市長と第一五号事件原告らとの間においては争いがなく、第一六号事件原告らとの間においては弁論の全趣旨により認められる。

そして、証拠(甲ロ五四、証人逸見泰久)によれば、干潟及びその周辺浅海域の特長及び重要性として次の事実を認めることができる。

(1) 生物の多様性

自然環境が健全に保たれている干潟では、ある特定の種類の生物だけではなく、多種多様な生物が関わりを持ちながら生存している。つまり、食物連鎖の中で、多くの種類の生物がバランスよく生活し、生態系が保たれている。干潟は、生物相が豊かで、その生産性は熱帯雨林に勝るとも劣らない。主要な生物は、多毛類・貝類・甲殻類などの底生動物であるが、これらを食べるために鳥類や魚類も集まる。このように、陸から豊富な栄養分が流入する干潟には、餌が多く、酸素にも富んでいるので、多種かつ多数の生物が生息している。

(2) 水産資源的価値

干潟は、のり等の海草やアサリ等の貝類の生息場所であり、漁民や周辺住民にとっては、これらの海産物の採取場所として重要な場所である。食用になる魚類やカニ類にも稚魚や幼生時代を干潟やその周辺海域で過ごすものが多く見られるし、周辺海域からも餌を求めて魚類やカニ類がやってくる。このように、干潟やその周辺浅海域は、必要な水産資源を育む場所として貴重な場所である。

(3) 水の浄化

干潟やその周辺浅海域には無機物(窒素、リンなど)や生活排水、糞尿(又は汚水処理後の排水)等の有機物が流入してくる。干潟やその周辺浅海域には水中の酸素が多く、生物も多数生息しているので、右有機物等はこれらの生物に取り込まれ、体内に蓄積されて干潟やその周辺浅海域の外に運び出されたり、生物の体内で分解されたりして浄化される。

(4) 市民にとってのレクリエーション、環境教育等の場

干潟は、潮干狩りやバードウォッチング、生物観察など市民にとって、レクリエーションや環境教育など自然に親しむ場として貴重な存在である。

(二) また、博多湾は、シベリアから中国大陸、朝鮮半島を経由し、或いは日本列島を経由して、東南アジアやオーストラリア大陸へと渡って行く渡り鳥の、東アジアにおける国際的な渡りのルートが交差するところに位置しているため、多数の渡り鳥が渡来する日本有数の野鳥の宝庫となっており、クロツラヘラサギ、ズグロカモメ、カラシラサギなどの絶滅のおそれのある渡り鳥も定期的に渡来していること、和白干潟等は、博多湾における渡り鳥の中継地・生息地の中核として、東アジアにおける地球規模での渡りのルートの存続の上で、また、渡来してくる絶滅危惧種の渡り鳥を絶滅のおそれから守る上で、国際的に重要な自然環境であること、以上は、被告市長と第一五号事件原告らとの間においては争いがなく、第一六号事件原告らとの間においては弁論の全趣旨により認められる。

そして、証拠(甲ロ一、二、八、五四、五五、六一、六三、一一五、二〇〇、証人逸見、検証、ビデオテープ(NHK番組「検証・人工島計画…博多湾・未来への選択」)の検証)によれば、特に和白干潟の特長として、①渡り鳥の渡りのコースが幾つかの交差する九州北部に位置していること、②福岡市という百万人都市の中にあること、③我が国では珍しい砂質干潟であること、といった諸点が挙げられること、和白干潟の重要性も右のような特長に由来しているが、具体的には後記(1)ないし(4)に挙げる点が指摘されること、また、ラムサール条約が保護対象としている「国際的に重要な湿地」の登録を推進するために、平成元年に国際自然保護連合が作成したアジア湿地目録や国際水禽湿地調査局が作成した日本湿地目録に博多湾が掲げられていること、以上の事実が認められる。

(1) 貴重な野鳥の宝庫

和白干潟等は、渡り鳥の渡りのコースになっており、世界的に貴重な野鳥がやってくる。その種類の多さでは我が国でもトップクラスにあり、これまで約二〇〇種以上の野鳥が記録されている。鳥の渡りは、動物の季節移動の代表的なもので、繁殖地と越冬地の間を毎年決まった時期に移動する現象である。和白干潟を含む九州北部は、幾つかの渡りのコースが交差する地点であるため、多くの渡り鳥が見られ、日本野鳥の会が毎年行っているバードソン(全国各地で一定時間内に観察される野鳥の種類の数を競う競技)でも、博多湾は毎年トップになっている。これらの鳥の中には、環境庁により昭和六一年から約四年間にわたって行われた「緊急に保護を要する動植物の種の選定調査」の結果に基づき危急種とされたカンムリカイツブリ、ミサゴ、ハヤブサや、希少種に選ばれたチュウサギ、カラシラサギ、ヘラサギ、クロツラヘラサギ、ホウロクシギ、セイタカシギ、コアジサシが含まれれている。また、和白干潟は、我が国で唯一のミヤコドリの定期的飛来地となっている。これらの鳥にとって、和白干潟等は、餌を採り、エネルギーを蓄える燃料補給基地であり、翼を休める中継基地であり、生存のための貴重な場所となっている。

(2) 鳥以外の生物の生息場所

和白干潟等は、そこに見られる鳥以外の多種多様な生物にとっても貴重な生息場所である。特に、我が国でも数少ないまとまった規模の砂質干潟であるため、他の干潟には余り見られない生物が生息しているが、中でもスナガニ類のシオマネキ、ハクセンシオマネキは、前記環境庁の調査で希少種に選定され、絶滅が危惧されているものである。

(3) 和白干潟等の浄化能力

前記(一)(3)のとおり、干潟及びその周辺浅海域は極めて優れた浄化能力を持っている。山口大学工学部の中西弘らの「汀線の自浄作用の評価に関する研究」(甲ロ六一)によれば、細菌や底生動物の働きによって処理される有機物の量は、一日に一平方メートル当たり、干潟の場合は約1.65グラムCOD、干潟前面の一〇メートル以浅の浅海域は約0.60グラムCODと試算されている。したがって、約八〇ヘクタールの広さを有する和白干潟の浄化能力は、一日当たり約一三二〇キログラムCODとなり、約二〇万人分の糞尿処理能力に相当し、本件人工島の建設により消失する周辺浅海域約四〇一ヘクタールの浄化能力は、一日当たり約二四〇六キログラムCODとなり、約三七万人分の糞尿処理能力に相当することになる。

(4) 福岡市及びその近郊都市の住民にとってかけがえのないレクリエーション・環境教育の場

和白干潟は、福岡市という大都市の中に位置しながら市民に貴重な自然を提供している。すなわち、同干潟は、福岡市及びその近郊で潮干狩りのできる数少ない海岸である。そのため、春の和白干潟はたくさんの家族連れで賑わう。また、和白干潟等には希少種を含め多種多様な野鳥が飛来するので、絶好の野鳥観察の場になっている。さらに、ここは小中学校の校外授業の場としても利用されており、子供たちに対する貴重な環境教育の場になっている。

(三) 証拠(甲ロ五四、五六、五七、証人逸見)によれば、和白干潟等の状況として次の事実が認められる。

(1) 浅海域

逸見泰久が、平成五年七月二三日に行った博多湾東部浅海域の底生動物の調査の結果からすると、和白干潟の周辺浅海域では汚染がかなり進み、夏季成層の影響がはっきり現われているが、それでも和白干潟に接している部分では夏季成層期でも生物が十分に生息し得る健全な環境が保全されている。

(2) 干潟

逸見らが、平成五年五月と昭和五七年に行った各調査の結果を比較検討した「博多湾東部におけるベントスの定量的研究」(甲ロ五七)によると、平成五年の時点では、昭和五七年と比較すると底生動物の個体数がかなり減少しており、貝類では、昭和五七年の調査では全く記録されていなかったマガキがかなり見つかり(マガキは汚染に強い種だとされている。)、また、甲殻類は、昭和五七年よりも個体数が増えているが、これは汚染がひどいところを好むドロクダムシが増えたことによるものである。このような調査結果から見ても和白干潟も年々汚染が進行していることが分かるが、ただ、平成五年の調査の時点でも、和白干潟は一平方メートル当たりの平均で一五〇〇個体を超える底生動物が生息しており、汚染が進んでいるとはいえ、和白干潟はまだまだ生物の健全な生息環境が保全されていることを示している。

5  第一五号事件の請求原因4(二)(埋立法四条一項一号違反)について

(一) 埋立法四条一項一号は、免許の基準として「国土利用上適正且合理的ナルコト」を掲げるが、その前提として、埋立ての必要性があることを要することを包含しているものと解するのが相当である。自然環境の保全、公害の防止、埋立地の権利処分及び利用の適正化等の見地から改正された埋立法が昭和四九年に施行されたことに伴い発令された「公有水面埋立法の一部改正について」と題する通達も、免許基準について、埋立ての必要性も勘案して審査を行うことを要求している(甲ロ二〇三)が、これは右の解釈を確認したものということができる。

ところで、第一五号事件原告らは、本件整備事業が目的として掲げる港湾施設整備、サイエンスパーク整備、住宅用地整備及び緑地整備の各必要性を否定し、東部地域の交通渋滞の解消という目的が達せられないことや過大な事業費負担の不合理性などを主張しているが、右は、前記4のとおり和白干潟等が重要な自然環境であるということを前提にした上で、それとの関係において本件埋立ての必要性を否定するものである。したがって、右事件原告らの主張は、単に本件埋立ての必要性を否定することのほかに、和白干潟等の重要な自然環境を犠牲にしてまで遂行するほどの必要性はないという趣旨をも含むものであると解される。

そして、この点に関して、証人三上禮次は、都市計画論の専門家の立場から、右埋立ての必要性の要件の具体化として、①海浜でなければ立地できないものであること、②必要最小限の計画であることの二つの要件を挙げており(甲ロ一一九、証人三上禮次)、第一五号事件原告らも同様の主張をしている。確かに、右基準は、埋立てと自然環境の保全との調和を図るという観点からは有用なものであり、特に埋立ての施策を立案・決定する任にある者としては、当該埋立ての是非を慎重に判断し、自然環境への影響を最小限に止めるために右基準を採用することが期待されるのではあるが、これを埋立法四条一項一号の解釈論として採用することができるかといえば、消極とせざるを得ない。

ところで、本件埋立てにより和白干潟等の自然環境がどのような影響を受けるかという点は、後記6における主たる検討事項であるから、右の点は後記6に譲ることとし、ここでは専ら本件埋立ての必要性の有無その他について検討することとする。ただ、その場合においても、一般に埋立ては自然環境に少なからぬ影響をもたらさずにはおかない性質のものであること、本件埋立ての場合には、その対象が重要な自然環境である和白干潟の前面浅海域であることを考慮すると、右の必要性の程度は相当高度のものでなければならないというべきである。

(二) 以上のような観点から、まず、本件整備事業の最大の眼目であることが明らかな港湾施設整備の必要性について見ると、これを否定する第一五号事件原告らの主張の核心部分は、港湾施設整備の中心に据えられている博多港における外貿コンテナ埠頭の新たな拡充整備が必要ないから、港湾施設整備の必要性もないというものである。すなわち、右事件原告らは、現在の博多港における外貿コンテナ埠頭である箱崎五号岸壁の荷役能力につき、同岸壁には、一時間当たり三〇個のコンテナ(一個当たり30.5トン)を取り扱えるガントリークレーンが二基あるから、その稼働時間を一日当たり二〇時間、稼働日数を年間三〇〇日、コンテナの正味重量を二五トンとすると、ガントリークレーン一基当たりの荷役能力は四五〇万トン、二基で九〇〇万トンと算定されるところ、昭和六二年から平成二年までの四年間における同岸壁の外貿コンテナ取扱量は最大でも年間約二七七万トンであるから、同岸壁の荷役能力には十分余裕があるとか、昭和六二年から平成二年までの四年間における博多港の外貿コンテナ貨物取扱量の全貨物取扱量に対する割合は、約一四パーセント前後で推移しているにすぎないし、昭和六三年から平成三年までの四年間における博多港の外貿コンテナ貨物の品目が、輸出ではゴム製品が五〇パーセントを超える割合を、輸入では動植物性飼肥料と原木とでほぼ五〇パーセントの割合をそれぞれ占めていることからすると、将来において外貿コンテナ貨物が飛躍的に増加するとは見込めないなどと主張し、これに沿う証拠(甲ロ七、八、一三、二五、一一六)を提出する。

(1) しかしながら、右証拠は、いずれも第一五号事件原告ら及びその同調者が自ら作成した意見書又は資料ないしそれに類するものにすぎない上、その内容を見ても、例えば、ガントリークレーンの取扱能力のみを基準にし、しかも、その稼働時間を一日当たり二〇時間、稼働日数を年間三〇〇日などと設定した上で推計するなど、必ずしも相当なものとはいえない。

そればかりか、証拠(甲イ二九、甲ロ二六、乙二の1・2、二五、五八、六一、六二)によれば、我が国のコンテナ貨物は昭和五八年から平成五年までの一〇年間で約2.3倍となり、特にアジアとの輸送料は約3.7倍に急増するなど、今後もアジアと我が国の各地域との経済交流は飛躍的に拡大するものと予想されることから、国際物流機能の新たな展開が求められること、また、大規模なコンテナターミナルの不足や国際的に比較して立ち遅れた港湾サービスなどのため、国際社会における我が国の港湾の相対的な地位の低下が進みつつあるとともに、貿易構造についても、輸入コンテナの伸びが約2.9倍と輸出の伸びの約1.9倍を大きく上回り、輸入対応型のターミナルの整備が急務になっていること、このような事情にかんがみて、国(運輸省港湾局)としても、既に国際物流の諸機能が集積している東京湾、伊勢湾、大阪湾及び北部九州の中枢国際港湾において、五〇〇〇ないし六〇〇〇TEU(二〇フィートコンテナ換算)級の超大型コンテナ船の出現と大規模荷役施設、情報技術の高度化にも対応した国際海上コンテナターミナルを整備すること、また、そこでは、特に増大する輸入貨物によるコンテナの滞留や荷捌きに円滑に対応するため、従来の輸出対応型とは異なる広大なコンテナヤードを持つターミナルを整備することなどが企図されていること、右のような状況を背景として、博多港の港湾管理者である福岡市は、本件港湾計画において、同市が博多港の背後圏の中心をなし、九州における中枢都市として、ひいてはアジアにおける拠点都市として今後も発展を期待されているものと位置付けた上で、平成一二年の総取扱貨物量を3053.3万トン、そのうち外貿コンテナ取扱貨物量を六一〇万トン(国際フェリーによるコンテナ取扱貨物量二二万トンを除く。)と各推計し、概ね平成一二年を目標年次として、香椎地区及び香椎パークポート地区に外貿コンテナ貨物を取り扱うふ頭を建設することを定めたこと、ところが、博多港の実際の総取扱貨物量は昭和六二年の2212.8万トンから平成七年には約三四一五万トンにまで、外貿コンテナ取扱貨物量は、昭和六二年の279.7万トンから平成七年には738.5万トンにまで増加しており、既に右予測をいずれも上回っていること、博多港は、本件港湾計画策定後の平成二年に港湾法四二条二項及び同法施行令一条の六に基づき、重要港湾の中でも外国貿易の増進上特に重要な港湾である特定重要港湾に指定されたことが認められる。

右によれば、港湾施設整備の必要性がないとはいえないというに止まらず、むしろその必要性が認められるものということができる。

なお、右事件原告らは、右のような博多港の貨物取扱量の増加は、単純な自然増ではなく熾烈なポートセールスの結果にほかならないとも主張するが、たとえそのようなことがいえるとしても、これをもって右の判断を左右することはできない。

(2) そして、証拠(甲ロ二二、二九、三三、一一六、乙二の1ないし3、九、一九、三〇)によれば、博多港は、戦前から国際貿易港として港湾施設の整備が図られていたが、昭和二六年に港湾法上の重要港湾に指定されたのを機に、昭和三五年に初めて策定された港湾計画やその後数回にわたり改訂された港湾計画に基づき、東部の香椎地区から西部の姪浜地区に至るまで次々と埋立てがなされてきており、現在では箱崎、東浜、中央、博多、須崎、荒津及び西戸崎の各ふ頭が稼働していること、昭和四七年に改訂された港湾計画では、新たに香椎地区沖合の人工島方式による海上流通ターミナルの建設を目的とした三八〇ヘクタールの埋立てが計画されたが、昭和五三年に改訂された港湾計画においては、主として水質保全の観点から陸続き方式の埋立てに変更されるに至ったこと、同計画において定められた東部地区の六八六ヘクタールのうち、名島地先一三六ヘクタールの埋立てが、香椎パークポート埋立事業(第一期工事)として昭和六三年一月に着工されたが、これに先立ち、昭和六二年一一月に右公有水面の埋立免許が認可されるに当たり、環境庁長官が「博多湾東部海域の自然環境の重要性にかんがみ、今後の港湾整備の検討に際しては、自然海岸や干潟の保全に十分な配慮がなされる必要がある。」との意見を表明したこと、昭和六三年三月に社団法人日本港湾協会が被告市長に対し提言した博多港長期整備計画調査検討報告書(乙九)によれば、博多港における近年のコンテナ貨物を中心とする取扱貨物量の増大を考慮すると、将来的には既存の前記ふ頭の効率的活用を図るにしても新たな港湾施設を整備するとともに、既存ふ頭を再開発するために港湾関連用地の移転用地を確保する必要があることから、香椎パークポート地区に隣接した東部地区において、これと機能連携した高度な物流拠点としてのコンテナメインポートを整備し、博多港の港湾機能の充実強化を図るとの方向性が打ち出されたこと、このような動きを受けて本件港湾計画が策定されるに際し、再び人工島方式が採用されたこと、以上の事実が認められる。

(3) そうすると、港湾施設整備の必要性があり、そのために博多港の東部海域に人工島を建設する必要性があることが一応認められる。

(三) 右のとおり、港湾施設整備のために人工島を建設する必要性があるということになると、福岡市が、この際、右人工島に研究施設や工業用地を確保し(サイエンスパーク)、更には住宅用地を確保しようというような総合的な事業を構想し、これに伴い緑地整備も必要になるという成行きを辿るのは十分理解し得るところである(例えば、工業用地は、二次輸送を少なくするために、原材料等の搬入や製品の搬出が容易にできる場所が好ましく、港湾施設に隣接した場所が最適であるが、現状の博多港においては港湾施設の背後に用地を確保することが困難な状況であることから、臨海部において新たな用地を確保する必要があること(乙三の1)、福岡市は、昭和六三年に策定した福岡市基本計画において、平成一三年の人口を一四一万五〇〇〇人と予測し、これに対応して住宅用地の確保を計画していること、将来の住宅用地の確保に当たっては、既存市街地の高度利用や未利用地の活用、市街化調整区域から市街化区域への計画的編入によっても対応ができない人口について、臨海部での埋立てにより創出される土地で対応することとしていること、具体的には、本件人工島の東部地区に一万八〇〇〇人分の住宅用地を確保することを計画していること(乙三の1、一〇ないし一二)が認められる。)。

そうすると、これも、港湾施設の整備ほどではないにしても一応必要が認められるものといってよい。

(四) 東部地域の交通渋滞解消

本件整備事業の出発点となる前記福岡市基本計画には、「市東部地域の交通問題解決に対処するため、幹線道路の整備、都市高速道路の延伸や副都心香椎との交通アクセス機能について検討」との記載があり(乙四七)、また、アイランドシティ基本計画には、「アイランドシティの目的」の一つとして「東部地域の交通体系の整備」がうたわれている(乙一一)が、前記(二)のとおり、本件整備事業の最大の眼目は港湾機能の強化であって、東部地域の交通渋滞解消は、精々付随的な狙いにとどまるものにすぎない(そもそも本件免許に係る埋立願書の添付図書である埋立必要理由書(乙三の1)には、この点は掲げられてもいない。)。

なお、本件埋立てにより、右目的が達せられるどころか、却って新たな交通渋滞を招くとの第一五号事件原告らの主張は、一つの推測の域を出ず、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

(五) 事業費の過大な負担

本件整備事業のうち、国が施行する部分については、福岡市が負担するのは一九〇億円、同市の起債で賄うのは四七億円、本件埋立事業については、補助事業が一般財源二二八億円、市債が五七億円で、起債事業は全部借入金(合計一七〇四億円)で賄うものとされていることが認められる(乙五六)。

しかしながら、本件整備事業に係る予算は福岡市議会において議決されており(甲ロ四四、四七ないし五〇)、必要以上の過大なものであるとの評価はされていないことが窺われるから、単に費用負担が大であることをもって直ちに本件整備事業に合理的な必要性がないと結論することはできない。

(六) 以上によれば、第一五号事件の請求原因4(二)の主張を採用することはできない。

6  第一五号事件の請求原因4(三)並びに第一六号事件の請求原因2のうち第一四号事件の請求原因4(一)及び(二)に同じ部分(埋立法四条一項二号違反、人格権及び環境権侵害)について

(一) 本件埋立ては博多湾の東部海域の中でも更に東側部分の海域を埋め立てるというものであり、しかも、その規模は四〇〇ヘクタール余にも及ぶというものであるから、本件埋立てが和白干潟等に及ぼす影響として原告らが主張するもののうち、次の(1)ないし(6)の諸点については、そのような危惧があるという限りにおいては、これを認めることができる(甲ロ二八、五四、五九、証人逸見、第一五号事件原告安東毅(以下「原告安東」という。))。

なお、第一五号事件原告らの主張する交通渋滞の悪化による生活環境の破壊(請求原因4(三)(5))及び第一六号事件原告らの主張する本件整備事業による交通事情への影響(第一四号事件の請求原因4(二))については、前記5(四)のとおり、一つの推測の域を出ないから、原告らの右主張は採用することができない。また、第一五号事件原告らの主張する災害発生のおそれ(請求原因4(三)(6))については、福岡市もそれなりの配慮を払っていることが認められる(乙五の五九一頁)から、やはり右主張を採用することができない。

(1) 本件埋立ての対象水域が消滅すること自体による悪影響

イ 右水域の消滅による水質浄化能力の喪失

ロ 右水域における生物の消滅

(2) 和白干潟等に対する影響

イ 本件人工島の背後水域における水交換の悪化

本件人工島の背後水域(和白干潟の前面浅海域)は、本件人工島の南北に残される各水路部分を介して博多湾全体に通じるほかは殆ど閉鎖水域と化し、必然的に外海(この場合は博多湾を意味する。)との水交換が悪化することが予想される。

ロ 背後水域の浅海化・陸地化

背後水域に流入する河川水には土壌微粒子が含まれており、これが海水と攪拌されることにより沈降する。前記イのとおり、水交換が悪化することにより、このような土壌微粒子は外海に出て行きにくくなるので、背後水域において全般に沈降した土壌微粒子が蓄積し、浅海化・陸地化が進行することが考えられる。

ハ 背後水域の水質及び底質の悪化

同様に、河川から背後水域に流入した水質汚濁物質は外海に出て行かず、背後水域に留まることになる。汚濁物質の中でも有機物が増加(富栄養化)することにより、水中のバクテリアが増殖する。このバクテリアが水中の溶存酸素を消費するため、溶存酸素量が減少し、水底に棲む生物(底生生物)にとって酸素不足の状態になるので、底生生物が減少してゆくとともに、酸素を消費しない嫌気性バクテリアの活動が活発になる。この嫌気性バクテリアが有機物を分解する際には、底生生物にとって有害な硫化水素、アンモニアなどが産出されるため、これらによっても底生生物は減少してゆくことになる。

このように、水中の溶存酸素の減少と嫌気性バクテリアの活動により、底生生物の生存に適さない環境が生み出されてゆく(底質の悪化)。

ニ 干潟の水質浄化作用の低下

干潟の浄化作用には底生生物の活動が重要な役割を果たしている。つまり、底生生物が減少すればそれだけ干潟の水質浄化作用も減少することになる。水質の悪化が底生生物の減少を来たし、底生生物の減少はより一層水質の悪化をもたらすという悪循環が生じる。

(3) 和白干潟等における生物への悪影響

和白干潟の前面浅海域は、博多湾の最奥部に位置し、現在でも閉鎖水域の傾向が強いため、汚染が進んでいるのに、本件埋立てにより更にその閉鎖性が強まることになる。そうすれば、和白干潟等の食物連鎖も壊され、野鳥その他の多くの生物が生活の場を奪われることになり、この地域の生物相は一変してしまう。

(4) 干潟の汚泥(ヘドロ)化

和白干潟は元々砂質のきれいな干潟で、それ故に福岡市民から身近な憩いの場又は環境教育の場として親しまれてきたが、そのような自然環境は都市化の影響により年々悪化しつつあり、河川の河口や干潟上部では富栄養化が進行し、汚泥化している。

本件埋立ては右のような和白干潟の汚泥化を急速に助長することになる。

(5) 悪臭の発生

右汚泥化によって和白干潟にはアオサが蓄積し、悪臭が発生する。

(6) 景観の変化

(二) これに対し、被告市長は、本件環境影響評価の結果によれば、本件埋立てによる右のような影響はないか、あっても小さいと主張し、本件評価書(乙五)にはその旨の記述がある。

その内容(他の証拠により認められる若干の点を含む。)を項目別に列挙すると、概ね次のとおりである(なお、各項目ごとに本件評価書の該当頁をかっこ内に掲げる。また、認定に供した他の証拠についても各項ごとに掲記する。)。

(1) 潮流の変化について

本件人工島予定地周辺において、一定の条件の下に行われた中潮期の潮流シミュレーションによれば、本件人工島が存在する場合、低潮後三時(上げ潮最強時)及び高潮後三時(下げ潮最強時)において、上層(海面から水深四メートルまで)では、本件人工島北西側水路で最大毎秒二〇センチメートル程度、本件人工島北東側水路で最大毎秒四センチメートル、本件人工島南東側水路で最大毎秒一〇センチメートル程度の流れとなっており、下層(水深四メートルから海底まで)では、本件人工島北西側水路で最大毎秒一〇センチメートル程度となっているところ、本件人工島が存在する場合と存在しない場合の潮流の速度差は、本件人工島が存在する場合は、存在しない場合に比べ、低潮後三時、高潮後三時とも、上層では本件人工島北西側水路において最大毎秒一二センチメートル程度、本件人工島東側水路において最大毎秒四センチメートル程度、本件人工島南東側水路において最大毎秒八センチメートル程度、それぞれ流速が速くなり、本件人工島西側の航路・泊地浚渫域で最大毎秒六センチメートル程度流速が遅くなる。また、下層では、本件人工島北西側水路で最大毎秒六センチメートル程度流速が速くなり、航路・泊地浚渫域では最大毎秒四センチメートル程度流速が遅くなることから、本件人工島が存在する場合と存在しない場合とでは、本件人工島予定地近傍の水路部における流速の差が多少あるものの、その他の海域では流速の変化が小さい(四一九頁)。

恒流についても、本件人工島が存在する場合は、本件人工島の西端前面海域に環流が見られ、恒流の差流速(本件人工島が存在する場合と存在しない場合の差)は、上下層において本件人工島西端前面海域で最大毎秒2.5センチメートル程度、雁の巣鼻付近で最大毎秒1.0センチメートル程度流速が速くなり、本件人工島西側の北防波堤付近で最大毎秒1.5センチメートル程度遅くなるにすぎず、他の海域においても、恒流の変化は小さい(四一九ないし四二〇頁)。

(2) 塩化物イオン濃度について

本件整備事業による和白下水処理場の放流口の変更に伴い、同下水処理場の放流口地先で、16.2パーミルが、0.1ないし0.3パーミル上昇する程度であり、本件整備事業による塩化物イオン濃度の変化は殆どない(五六一頁)。確かに、塩化物イオン濃度は、平成二年度の年平均値であり、西部海域から東部海域に向かって低くなっているが、これは、河川等から博多湾に流入する淡水の約七〇パーセントが東部海域に流入していることによるものであり(一七二及び三五〇頁)。

(3) 周辺海域の浅海化・陸地化について

潮流については、本件人工島の北側や南側の水路部分で流速が多少速くなるものの、その他の海域では流速の変化は小さいし(前記(1))、塩化物イオン濃度の変化も殆どなく(前記(2))、また、本件人工島の周辺海域への河川からの流下土砂量も少なく、水質及び底質への影響も小さいことから、陸地化は殆どない(五八五頁)。

(4) 潮流の予測方法について

イ 潮流・水質の予測に数理モデルを用いたのは、一般に広く用いられていること、水質の内部生産を再現することができることによるものである(五六三頁)。

ロ 右数理モデルの計算式においては、水深が四メートルより浅く上層のみの計算となる水域でも、一般的に広く用いられている海底摩擦係数を設定し、この値を用いた計算をしている(五六一頁)。

ハ 博多湾において、強度の季節風が長時間継続して吹く頻度は少ないことから、年平均的な流れの予測においては吹送流を考慮していない。密度流も、表層と底層の塩化物イオン濃度の差は殆どないので考慮していない(五六三頁)。

(5) 水質の悪化について

イ 水質の予測について

本件人工島の周辺海域の水質について現状と将来とを比較し、本件人工島が存在しない場合では、主に下水道の整備と下水処理場でのリンの高度処理により改善されると予測している(四四〇頁図6―1―26及び図6―1―27の「COD濃度年平均値の平成元年度実測値と現況再現計算結果」と四四三頁図6―1―28及び図6―1―29の「COD濃度年平均値の予測結果(埋立地が存在しない場合)」との比較、証人原野忠俊)。その上で、本件整備事業を実施することによる本件人工島の周辺海域の水質への影響に関しては、和白海域に処理水を放流している和白下水処理場の放流口を本件人工島予定地西端に変更することにより、本件人工島が存在する場合と存在しない場合の水質には殆ど差が生じないものと予測している(四四三頁図6―1―28及び図6―1―29の「COD濃度年平均値の予測結果(埋立地が存在しない場合)」と四四四頁図6―1―30及び図6―1―31の「COD濃度年平均値の予測結果(埋立地が存在する場合)」との比較並びに四四五頁図6―1―32及び図6―1―33の「埋立地が存在する場合と存在しない場合のCOD濃度の差濃度」)。

ロ 予測の条件について

水質の予測・評価は、和白下水処理場の放流口が本件人工島予定地西端で、福岡市の全下水処理場及び博多湾に流入する河川の流域下水処理場において高度処理を実施した場合について行っている(証人原野)が、さらに、将来の水質について、次の三つのケースについて検討を加えている(四四二頁)。

① 和白下水処理場の放流口が本件人工島予定地西端で、福岡市の全下水処理場のみにおいて高度処理を実施した場合(ケース1)

② 和白下水処理場の放流口が現状の位置で、福岡市の全下水処理場及び博多湾に流入する河川の流域下水処理場において高度処理を実施した場合(ケース2)

③ 和白下水処理場の放流口が現状の位置で、福岡市の全下水処理場のみにおいて高度処理を実施した場合(ケース3)

ハ リンを制限因子としたことについて

窒素やリンなどの栄養塩が大量に流入した海域では、植物プランクトンの増殖により有機物が増加した(内部生産)結果として、赤潮の発生を初めとした水質汚濁が生じている。このような水質汚濁を防止するためには栄養塩の削減が必要であるが、植物プランクトンの増殖は、栄養塩のうち最も不足している栄養塩、いわゆる制限因子の量によって左右される(リービッヒの最小律)から、制限因子の削減が効果的な内部生産の制御につながるところ、植物プランクトンが海中から摂取する窒素とリンの比は7.24対一であるから、平均的には海水中の窒素対リンの比が7.24よりも大きいときはリンが制限因子となっており、それよりも小さいときはその逆となる(甲ロ二一、証人原野、弁論の全趣旨)。

博多湾の海水中の窒素とリンの比については、湾全域の二九地点におけるそれは、平成二年度の平均値で湾全体にわたってリンの方が少なく(一八三及び一八五頁)、博多湾内の窒素対リンの比は一〇前後であった(証人原野)。

したがって、博多湾の植物プランクトン増殖の制限因子は、年平均的にはリンであり、リンの高度処理を行うことによって、博多湾の植物プランクトンの増殖を抑制し、湾内の水質浄化を図ることとしたものである(五五九頁、証人原野)。

ニ 高度処理の導入を前提としたことについて

指針によれば、環境影響評価の実施に際し、予測を行うに当たっては、「事業者等が公害の防止及び自然環境の保全のための措置を講ずる場合には、その措置を踏まえて行うことができる。」とされており、また、評価については、「国又は地方公共団体等が実施する公害の防止及び自然環境の保全のための施策を勘案することができる。」とされている(乙四)ところ、昭和六一年度策定の福岡市環境プランにおいて、博多湾の水質保全対策について、工場・事業場、生活排水等の発生源対策、下水道の整備、底泥の浚渫等の対策とともに、富栄養化防止対策として、博多湾に流入する河川及び湾に処理水を放流する下水処理場でのリンの高度処理を進めることとしており(五五九頁)、同市では、既に平成五年度から和白、西部及び中部下水処理場への高度処理施設の導入を開始し(ただし、生物学的リン除去法として嫌気好気活性汚泥法が採用されていることは各施設とも共通しているが、返流水対策としては、和白及び西部はMAP法が採用されているものの、中部下水処理場においては凝集沈殿法によることとされている。)(甲ロ五二、乙三一)、和白下水処理場では平成八年度から高度処理施設が稼働しているものである(乙六三)。そして、平成一二年度には福岡市の全ての下水処理場で高度処理導入を完了する計画である(甲ロ五二)。

そこで、本件環境影響評価の実施に当たっては、指針に従い、福岡市環境プランの条件を勘案して、将来水質の予測条件として、博多湾に流入する河川及び湾に処理水を放流する下水処理場でのリンの高度処理の導入を設定する(四三六及び四三七頁)とともに、福岡市の下水処理場のみがリンの高度処理施設を導入した場合についても、設定している(四三七及び四四二ないし四四七頁)。

それぞれの設定条件に基づく予測及び評価によると、博多湾に流入する河川及び湾に処理水を放流する全ての下水処理場が高度処理を行った場合も、福岡市の下水処理場のみが高度処理を行った場合も、本件人工島予定地周辺の博多湾東部海域の環境基準点で、将来CODの環境基準を満足するとの評価を得ている(四四一、四四二、四四六、四四七及び四六七頁)。

ホ 予測結果及び評価方法について

① ケース3でも水質は改善すること

福岡市の全下水処理場のみがリンの高度処理施設を導入した場合では、水質予測に係るリンの博多湾東部海域への流入負荷量は、現況よりわずかに増加となるが、CODの博多湾東部海域への流入負荷量は、現況の日量約10.5トンが将来は、約9.5トンに削減される(四三七頁)ことから、和白干潟前面海域及び香椎前面海域の将来水質は、ケース3の場合であっても、現況と比較してわずかながらではあるが、改善されると予測している(四四二頁)。

② 評価方法の妥当性

水質汚濁に関する環境基準については、環境基本法一六条一項に基づく「水質汚濁に係る環境基準について」(昭和四六年一二月二八日環境庁告示第五九号。乙六四)第1の2(1)及び(2)並びに「水質汚濁に係る環境基準の取扱いについて」(昭和四五年七月二三日経企水公第七七号。乙六四)第二の2(1)及び(3)により、環境庁長官又は都道府県知事が対象となる公共用水域に関する環境基準の類型指定を行うこととなっており、博多湾については、福岡県知事が博多湾の海域分割及び類型指定を行っている(乙六五)。

この水質環境基準に関する水質調査については、「水質汚濁に係る環境基準について」第2(1)並びに「水質汚濁に係る環境基準の取扱いについて」第三の1(1)及び(3)により、環境庁長官又は都道府県知事が設定した環境基準点を含む測定点を対象に、水質汚濁防止法一六条に基づき、都道府県知事が作成した測定計画に従って行われている(乙六四)。

また、環境影響評価における水質の環境基準の適合如何については、「公共用水域におけるBOD又はCODの評価方法について(通知)」(昭和五二年七月一日環水管第五二号。乙二三)の3に基づき、環境基準点により評価されるものであることから、本件整備事業を実施する海域に当たる博多湾東部海域の環境基準点であるE―2、E―5及びE―6の三地点のうち、本件整備事業実施後も存続するE―2及びE―6で、環境基準の適合について評価したものである(四四一頁)。なお、環境基準点E―5が消滅することから、本件環境影響評価では前記ロの四つのケースのいずれについても、環境基準点での水質検討に加え、和白前面海域及び香椎前面海域の水質についても予測している(四四一及び四四二頁)。

(6) 地形の変化について

イ 地形変化の予測方法について

指針によれば、地形の予測は、「既存事例の引用又は解析、数値計算、模型実験等により行う。」ものとされている(乙四)ところ、福岡管区気象台の一〇年間の風資料を基に、本件人工島の南西端の地点について湾内波を推算した結果、波浪は、波高0.3メートル未満が95.7パーセント、一メートル未満でほぼ一〇〇パーセントと、静穏な海域となっていること(六七頁)及び本件人工島が存在する場合は存在しない場合に比べて、低潮後三時、高潮後三時とも、海岸付近の潮流の流速変化は小さいが故に漂砂への影響も小さいことから、地形の変化は殆どない(四四九頁)。

ロ 航路・泊地の浚渫による海岸線の変化について

航路・泊地部分は浚渫により水深が現状より最大一〇メートル程度深くなる区域があるが、既存の海岸から相当の距離があるし、既存の海岸から最も近い西戸崎沖の航路浚渫区域でも、海岸から、一定の距離がある上、現在の水深約六メートルを八メートル浚渫する程度である(乙二の1添付の博多港港湾計画図)。したがって、航路・泊地の浚渫による影響は殆どない(五八五頁)。

(7) 生物への影響について

イ 生物に関する環境影響評価の方法について

指針によれば、植物の予測項目としては「陸生植物、水生植物に係る貴重な種、貴重な群落及び貴重な植生の消滅の有無及び改変の程度」、動物の予測項目としては「ア 陸生動物、水生動物に係る貴重種の生息域の消滅の有無及び改変の程度 イ 貴重種の生息状況への影響」とされている(乙四)ところ、これに従って、生態系を構成するプランクトン、遊泳生物、底生生物、干潟生物、鳥類などの生物及びそれを取り巻く水質・潮流などについて現況調査及び予測を行い、これを基に生物の影響評価を実施している(五八三頁)。

しかも、海生生物については、昭和六二年度に湾全域の現況調査を実施した上で平成元年度にも現況調査を実施したものである(二一五、二二二、二二八、二三二、二三六、二四〇及び二四三頁)。

ロ 海生生物への影響について

プランクトン及び魚卵・稚仔魚については、潮流・水質の変化による生息状況への影響は殆どなく、遊泳生物及び底生生物については、生息域の一部が消滅又は改変するが、これらの生物は、本件人工島予定地周辺に広く分布しており、潮流・水質及び底質の変化による影響も殆どないことから、生息状況への影響は小さい。また、潮間帯生物及び干潟生物については、潮流、水質及び底質の変化による影響は殆どなく、本件埋立ては人工島方式であるため、生息域の消滅及び改変はないことなどから、生息状況への影響は殆どない(四五〇ないし四五三及び四六八頁)。

なお、本件埋立ての工事中は汚濁防止膜を展張することによって濁りの拡散が工事区域近傍に限られるから、右工事の海生生物の生息状況への影響も小さい(三九二ないし三九五及び四一〇頁)。

ハ 鳥類への影響について

① 生息状況等への影響について

本件人工島予定地及びその周辺浅海域には海ガモ類、カイツブリ類、カモメ・アジサシ類、陸ガモ類及びウ類が生息しているところ、本件埋立てによりこれらの鳥類の生息域が減少し、餌生物である底生生物の生息域も一部消滅するから、右鳥類の分布状況及び個体数が多少変化するものと考えられるが、その主要生息域であり、かつ、餌生物の多い和白干潟等は保全されること、本件人工島予定地の周辺浅海域にも生息域が存在すること、和白干潟等では、将来の水質や底質が悪化することはなく、餌生物である底生生物や魚類等の生息状況への影響は小さいことなどから、鳥類への影響は小さいか又は殆どない(四五四ないし四五七及び四六九頁)。

② 本件環境影響評価の妥当性について

平成三年度に鳥類の終日調査(二四時間調査)を行い(乙三五)、この調査で得られた群れの位置、数、行動についての結果も踏まえて予測・評価を行っており、その結果は、本件評価書にまとめて記載されている(二七〇頁の図3―2―84、85、86及び二七八頁の図3―2―96)。

カンムリカイツブリ、海ガモ類、シギ・チドリ類といった水鳥の主要生息域は、水深約三メートル以下の海域であり、かつ、餌生物である底生生物が多い浅海域であることから、人工島方式の埋立てとすることにより、右主要生息域を保全し、影響を小さくすることに配慮している(二六三ないし二六九頁及び二七四頁)。また、鳥類の生息密度の高い水域は、本件人工島予定地よりもその周辺に多い(二七〇頁)。

なお、本件評価書において、主要生息域とは、昭和六二年度から平成二年度にかけて四年間の鳥類調査結果に基づき(二五五頁)、主要生息期間における毎月の観察で、種の確認回数が観察回数の半数以上に及ぶ区域と定義している(二六三頁脚注)。

(8) 悪臭の発生について

アオサについては、本件埋立てが竣功した後も、海水が停滞する水域は生じないこと、水質は現状よりも改善されると予測されることから、アオサの発生及び干潟への集積は抑制される(五六九頁)。

したがって、それによる腐臭も抑制される。

(9) 景観への配慮について

建物等の適切な配置、デザイン、色彩などを十分検討するとともに、親水緑地を配するなど、周辺の景観との調和を図るとともに、環境の保全に十分配慮した博多湾に相応しい良好な全体景観を創出することから、景観の変化の影響は小さい。また、福岡市は、専門家等の意見を聴いて景観形成ガイドラインを策定し、良好な景観の創造に努めるなど、景観への十分な配慮を行うことにより、環境変化の最小化に努めることとしている(五三六、五三七、五九一及び六〇五頁)。

(三) 前記(二)のような本件評価書の記述に対し、原告らは、事実欄第二の第一五号事件の五及び第一四号事件の請求原因4(三)(1)記載のとおり、多岐にわたる批判を展開している。

そこで、原告らの批判(第一五号事件については請求原因も含む。)について検討すると、後記(1)のとおり、当を得ないか、或いは少なくとも直ちには採用し難いものもあるが、後記(2)の諸点は、それなりに首肯すべき内容が含まれているものといわなければならない。なお、そのうちハは、本件評価書の内容に関する直接的な批判ではないが、本件評価書の基本的な姿勢の在りようを問うものとして看過することができない。

(1)イ 第一五号事件の五1(一)及び第一四号事件の請求原因4(三)(1)イの③について

博多湾のように植物プランクトンによる有機物の内部生産が多い海域では、水質予測の上で内部生産の再現を行うことが重要である(原告安東)が、水理模型実験ではこれができない(証人原野)から、内部生産の再現ができ、一般にも広く用いられている数理モデルが用いられたことを不当であるとはいえない。

また、本件評価書においては、上層のみの計算となる水域についても、海底摩擦係数を設定して、これを用いた計算式で予測している(前記(二)(4)ロ)。

さらに、年平均的な潮流の予測において吹送流や密度流を考慮しなかった理由として掲げるところを不当とはいえないし、潮汐残差流については、本件評価書が恒流として計算しているとの見解を示している(乙五の五六三頁)。

ロ 第一五号事件の五2について

漂砂現象の現況メカニズムを把握した上で、本件人工島が建設されることによる汀線の変化を予測する必要があるとの批判については、本件人工島予定地の周辺海域は静穏であり、本件人工島が存在する場合と存在しない場合とで海岸付近の流速変化は小さいから、そこまで予測する必要はないものとしたことを不当とはいえない。

また、航路、泊地等の浚渫が地形変化に及ぼす影響を予測、評価すべきであるとの批判についても、浚渫によって水深が最大一〇メートル程度深くなることを考慮して地形変化の予測をしている(前記(二)(6)ロ)というのであるから、右批判は当たらない。

ハ 第一五号事件の五3(一)(1)及び(3)について

まず、自然を生態系として扱った調査が行われていないとの批判については、前記(二)(7)イのとおり、指針の掲げる調査項目に従った本件評価書の調査方法を不当とはいえない。

また、基礎データが殆ど示されていないとか、記載内容が著しく分かり難いなどとする点は、前者については、環境影響評価において、あらゆる項目について基礎データまで示すべき合理的な根拠は見出せないし、後者については、そもそも環境影響評価自体が専門性・技術性の高いものであるという内在的な要因に由来する面も否定することができず、それ以上に本件評価書が他の評価書と比較して特に分かり難いということを示す証拠はない。

ニ 第一四号事件の請求原因4(三)(1)ロの前段について

証拠(乙一三、一五)によれば、福岡県知事が、平成五年四月二二日、本件準備書について、「評価書において記載又は補充すべき事項」の一つとして、「和白干潟及びその前面海域の渡り鳥の渡来地、野鳥の生息域としての重要性にかんがみ、事業実施の鳥類の生息状況に与える影響予測に際し、次に掲げる調査・予測をすること。ア 精度の向上した生息種、数の調査及び生息密度の把握、イ 鳥類の主要生息域と餌生物生息状況の関係、ウ 餌生物の生息状況が埋立地の出現により受ける影響予測」と指摘したのを受けて、福岡市は、本件評価書に、右アについては、平成三年一二月から平成四年二月に掛けて毎月、本件人工島予定地周辺の終日調査を行った結果や、シギ・チドリ類、陸ガモ類、海ガモ類及びカンムリカイツブリの生息密度を記載し、右イ及びウについては、平成五年一月に調査された底生生物及び海ガモ類の分布状況の図を記載するなどしていることが認められるが、準備書の縦覧によって指摘された事項につき既に調査済みであったとすれば、右調査結果を評価書に記載すれば足り、その時点で改めて同じ調査をすべきであるとまではいえない。

ホ 第一四号事件の請求原因4(三)(1)ロの後段について

本件評価書によれば、前記(二)(7)ロのとおり、海生生物の生息地が消滅することの影響についても一応の調査が行われている。

ヘ 第一五号事件の請求原因4(三)(4)について

本件埋立てによって景観が変化することは明らかといってよいが、福岡市としてもこの点については一応の配慮をしている(前記(二)(9))。

(2)イ リンの高度処理だけを問題にしていることについて(第一五号事件の五1(二)及び第一四号事件の請求原因4(三)(1)イの②)

① リン濃度の算定方法

博多湾の底質には相当量のリンが含まれているから、水中の全リン濃度を算出するためには、陸側から流入するリンの量だけでなく、底質から水中に溶出するリンを計算に入れる必要があるが、リンの溶出速度は底質に接する海水のリン濃度によって変化する。すなわち、陸側から流入するリンの量が減り、海水中のリンの濃度が減少すれば、底質から海水に溶出するリンの量は増加し、水中のリン濃度の減少を抑える要因になる筈である。

しかし、本件評価書が採用した計算式(乙五の四三二頁)からすれば、底質からのリンの溶出速度は陸側から流入するリンの量が減少しても増加しないという立場を採ったとしか考えられない。

(以上につき原告安東)

② 窒素

本件評価書がリンを抑える必要性に着目したことは相当である。しかし、リンさえ抑えれば、窒素がいくら多くても水質に影響しないという考え方には疑問がある。植物プランクトンにおける窒素とリンの比率が約7.24対一であるというのは、あくまでも全体の平均であって、実際の比率は植物プランクトンの種類によって異なる(原告安東)。水質改善のためには脱リン処理が必要であることに加え、窒素対策が有効であることは明らかである。既に我が国では、平成五年に港湾等の窒素・リンの環境基準が定められ、博多湾についても平成八年六月に右基準が設定されている(甲ロ一七七)が、右基準の設定を答申した中央公害対策審議会の「海域の窒素及びリンに係る環境基準等の設定について」(甲ロ二一)によれば、「海域の場合は、海水の窒素とリンの構成比が同じ水域内においても季節的・場所的に変動しており、植物プランクトンの構成比との間に一定の大小関係を見出すことはできないことから、窒素又はリンのいずれか一方のみが植物プランクトンの増殖に影響しているとは言えない。また、海水の構成比が通常の値から大きくはずれた場合には、健全な海域の生態系の維持という観点から支障を生じるおそれがあり、これらのことを考慮すれば、環境基準は窒素又はリンの両者について設定することが適当である。」とされているところである。本件免許に際して述べられた環境庁長官の意見も、「博多湾の汚濁機構の解析として、COD、リン・窒素の陸域からの負荷、底泥からの溶出、内部生産等に関する検討を進めるとともに、発生源対策、湾内の有機物削減対策等を検討し、実施すること」と、窒素についての検討及びその対策を求めている(乙一四)。

ロ 下水の高度処理の導入を前提にしていることについて(第一五号事件の五1(三)及び第一四号事件の請求原因4(三)(1)イの①)

この点について、指針は、「6 評価(1) 基本的考え方」において、「評価に当たっては、必要に応じ、当該対象行為等以外の事業活動等によりもたらされる地域の将来の環境の状態を勘案するものとする。また、国又は地方公共団体等が実施する公害の防止及び自然環境の保全のための施策を勘案することができる。」としている(乙四)から、福岡市としては、一つのケースとして、福岡県が高度処理を導入した場合について、本件環境評価を実施したものと認められるが、環境影響評価ができる限り正確なものであるためには、右に勘案した施策が将来において実施される蓋然性が相当高いことが求められるものというべきである。それ故、前記環境庁長官の意見も、水質保全に万全を期するため、「(1) 水質予測の前提となっている博多湾の流域内の下水道の整備を計画的かつ確実に実施すること。(2) 博多湾の流域内の下水道のすべての終末処理場で、水質予測の前提となっている高度処理を計画的かつ確実に導入すること。」といった措置を講じることを求めている(乙一四)。ところが、前段に関しては、博多湾の水質汚濁を徐々に進行させている多々良川の流域下水道計画は、平成四年において、平成一二年度に完成する予定であったが、平成七年になると、完成予定が平成二二年度と一〇年も延びているのであり(甲ロ六九、七〇)、幹線管きょ延長距離が延長されたり、計画区域が広がっていることなどを考慮したとしても、下水道整備が計画的かつ確実に実施されるかについては疑問が残る。また、後段に関しても、福岡市自身が高度処理の導入を予定している市内の下水処理場のうち、東部及び西部の二か所については導入の可能性はあるものの、現在、全体の半分を処理している中部については、返流水対策として効果の高いMAP法(乙六三)の採用が予定されておらず(甲ロ五二)、嫌気好気活性汚泥法の採用のみで高度処理が導入されたと見てよいかは疑問が残る(原告安東)し、和白下水処理場において高度処理施設の運転が開始されたのも、本件環境影響評価が実施された時点からすると相当後のことである。さらに、証拠(甲ロ一七七、証人原野)によれば、本件環境影響評価実施時において、福岡県には高度処理を導入する計画はなかったこと、平成八年においても、計画策定中にとどまっていることが認められ、そうだとすれば、本件環境影響評価が想定した前記ケースは、余りに実現不確実な計画を前提としたものであるといわざるを得ない。

さらに、東部海域におけるCOD七五パーセント値については、ケース1ないし3のいずれの場合も、本件人工島の建設によって消滅するE―5において、一リットル当たり三ミリグラムという環境基準を上回ることが予測されている(乙五の四四二頁の表6―1―9)のであるから、前記4のような和白干潟等の自然環境としての重要性に思いを致せば、福岡市としても、単にE―5以外の環境基準点であるE―2及びE―6においていずれも環境基準を下回るものと予測されることで事足れりとせずに、より湾奥部にあり和白干潟の前面浅海域に位置するE―AやE―E(乙五の一六八頁の図3―2―14参照)において環境基準をクリアするのかについても予測した上で、博多湾全体にわたって水質が保全されるのかどうか更に検討を尽くすべきではなかったかという不満が残る。そして、右の点は、ひいては本件評価書における水質予測の姿勢そのものについても疑念を生じさせかねないものである(ただし、右E―2及びE―6などの環境基準点は福岡県知事により設定されたものである(証人原野)から、福岡市がこれらの環境基準点について水質予測をしたこと自体をもって恣意的であるとの非難をすることはできない。)。

ハ 過去の環境影響評価について(第一五号事件の五1(四)及び第一四号事件の請求原因4(三)(1)ハ)

① 西部地区の埋立ての際の環境影響評価

昭和五六年に福岡市が地行・百道地区の埋立て(「シーサイドももち」)及び小戸・姪浜地区の埋立てに際し行った環境影響評価における平成二年の博多湾のCOD七五パーセント値の推計値と同年に実際に測定された実測値とを比較すると、ほぼ全ての地点において、後者が前者を上回っている。そして、西部及び中部海域においては、推計値が殆ど全て二以下であるのに対し、大多数の実測値が二以上であり、東部海域においては、推計値が全て三以下であるのに対し、実測値が全て三以上である(甲ロ三〇)。西部及び中部海域の環境基準は二以下であるのに対し、東部海域のそれは三以下である(甲ロ六九、証人原野)から、平成二年には博多湾内の全ての測定点における水質が環境基準を満たすとの福岡市の予測に反し、実際には殆ど全ての測定点において環境基準を超える汚染が観測されたことになる。

② 香椎パークポートの環境影響評価

昭和六一年に福岡市が香椎パークポートの埋立てに際し行った環境影響評価における平成七年の博多湾のCOD七五パーセント値の推計値と平成五年に実際に測定された実測値とを比較すると、全ての地点において、後者が前者を上回っている(甲ロ三〇)。

このように、これまで福岡市が行ってきた環境影響評価は、少なくとも水質の点においては信頼するに足りるものであるとは言い難い。そうとすると、本件環境影響評価についても、水質の調査及び予測方法に特段改善された事情が見当たらない以上、COD七五パーセント値の推計値を額面どおり受けとめるわけにはゆかない。

ニ データの意図的操作について(第一五号事件の五3(一)(2))

本件整備事業が和白干潟の面している東部海域に生息する生物に対しいかなる影響を及ぼすかを正確に把握するためには、まず、東部海域の特徴をつかむことが必要であり、それには同海域と博多湾の他の海域とを比較すべきであって、東部海域と博多湾全域との比較では不十分であることは多言を要しない。

しかるに、本件評価書では、後者の比較を行っている(乙五の二一八頁の表3―2―45など)。

また、後記ホのとおり、異なった年度の調査結果をもって地域間の比較をしたり、鳥類についてのみ、追加で平成三年一二月から平成四年二月にかけて終日調査を行っている(乙五の二五五頁)。これらは、データを意図的に操作しようとしたものとまで断じることはできないものの、計画的な調査であったとはいい難いことは確かである。

ホ 各生物への影響について(第一五号事件の五3(二))

① プランクトン

各調査地点の調査時期が全く異なっている。すなわち、P―1ないし11の各地点の調査時期は、昭和六二年(春、夏、秋季)及び昭和六三年(冬季)であるのに対し、P―12は平成元年、P―13及び14は平成元年(夏、秋季)及び平成二年(冬、春季)である。また、同じ季節であっても調査月が異なっている。

(乙五の二一五及び二三二頁)。

② 魚卵・稚仔魚

この種の調査は、表層、中層及び底層に分けて網を引いてなされるべきである(甲ロ七)のに、表層に生息するものに対してしかなされていない。

③ 遊泳生物

調査は、春夏秋冬各一回ずつの四回しか行われていないため、偶然の要素に左右されやすく(証人逸見)、また、各調査地点における調査時期も、U―1ないし6とU―7ないし10とで異なっている(乙五の二二八頁)ので、正確性が担保されない嫌いがある。

④ 底生生物

まず、各調査地点の調査時期が全く異なっている。すなわち、T―1ないし15の各地点の調査時期は、昭和六二年(春、夏、秋季)及び昭和六三年(冬季)であるのに対し、T―16は平成元年、T―17ないし20は平成元年(夏、秋季)及び平成二年(冬、春季)である。また、同じ季節であっても調査月が異なっている。(乙五の二三二頁)。

また、調査地点も、和白干潟に限れば、T―17の僅か一か所にすぎず(右頁の図3―2―53)、逸見らが平成五年五月に行った調査が六〇か所であること(甲ロ五七)に比較すると、不十分といわざるを得ない。

⑤ 潮間帯付着生物及び干潟生物

いずれの調査においても、各調査地点における調査時期がバラバラである(乙五の二三六、二四〇及び二四三頁)。

⑥ 鳥類

本件埋立てによって直接的に生息地を失うことになる鳥類の将来を予測するためには、なぜ右鳥類が博多湾東部海域に集中し、何を餌にしているのか、本件人工島の建設によってどこに移動させられ、その環境と元の環境とはどのように異なるのかなど、その生態について詳細な調査を実施して、条件の変化によって鳥類がどのような影響を受けるのかを推測することが必要不可欠である(甲ロ七)のに、本件環境影響評価ではこのような調査・分析がされていない。

(四) 以上検討してきたところによれば、本件評価書には、その内容において決して軽視することができない問題点があるものといわざるを得ない。前記(三)(2)のうち、イ、ニ及びホは単にいささか杜撰な調査・予測であるという域を出ないともいえるが、ロは重要であり、特にハのような先例があることをも加味して考えるならば、厳しい批判を免れない。これは、環境影響評価をして本来備えていなければならない筈の科学的で客観的な性格とはやや異質なものを感じさせさえするのである。

そうであれば、本件評価書をもってしても、前記(一)の危惧が完全に払拭されるまでには至らないものというべく、むしろ、本件評価書は、博多湾の東部海域が四〇〇ヘクタール余も埋め立てられてしまうことによる自然環境への重大かつ深刻な影響を軽視している嫌いがありはしないかということが懸念される。

しかしながら、本件環境影響評価及び本件評価書はおよそ環境影響評価の名に値しないものというべきかといえば、そこまで決め付けることはできないし、それ故、福岡市が一応の環境影響評価の義務を果たしていることを否定することもできない。

そうすると、本件整備事業が埋立法四条一項二号に違反しているとか、福岡市民の人格権・環境権を侵害するとは未だいえず、結局この点に関する原告らの主張は採用することができないことに帰する。

7  第一五号事件の請求原因4(四)(埋立法四条一項三号違反)について

一般に、行政処分が違法であるかどうかは、当該行政処分がなされた時点を基準時として判断されるべきことであって、右時点後に生じた新たな事情を参酌すべきではない(最高裁昭和二八年一〇月三〇日行裁集四巻一〇号二三一六頁参照)から、本件免許の違法性の有無についても、本件免許時を基準時として判断されるべきである。

ところで、環境基本法一五条に基づく環境基本計画は平成六年一二月一六日に策定されたものであり(甲ロ二〇三)、生物の多様性に関する条約に基づく生物多様性国家戦略が策定されたのは平成七年一〇月である(甲ロ二〇四)から、いずれも本件免許時においては存在しなかったのであり、本件免許がこれらに違反するかどうかを論ずべき理由がない。

そうすると、第一五号事件の請求原因4(四)の主張は失当である。

8  第一五号事件の請求原因4(五)(埋立法四条一項違反(自然保護に関する条約違反))について

埋立法四条一項各号の基準は、これに適合しないと免許することができない最小限度のものであり、右基準の全てに適合している場合であっても免許の拒否はあり得るのである(甲ロ二〇三)から、当該埋立てが条約に違反することが認められる場合には、免許権者は免許を拒否すべきであるということができる。

しかし、本件埋立事業が自然保護に関する条約に違反しているとはいえないから、第一五号事件の請求原因4(五)の主張を採用することはできない。すなわち、ラムサール条約においては、まず、締約国がその領域内の適当な湿地を指定することにより国際的に重要な湿地に係る登録簿に掲げられる(二条一項)、締約国は、右登録湿地の保全を促進し、及びその領域内の湿地をできる限り適正に利用することを促進するため、計画を作成し、実施する(三条一項)、また、各締約国は、湿地が登録簿に掲げられているかどうかにかかわらず、湿地に自然保護区を設けることにより湿地及び水鳥の保全を促進し、かつ、その自然保護区の監視を十分に行う(四条一項)ものとされているが、和白干潟がラムサール条約の登録湿地になっていないことは当事者間に争いがなく、また、既に見たところからしても、福岡市としては、本件埋立事業の実施において、湿地及び水鳥の保全に一応留意していることが認められるから、本件埋立事業が右条約に違反しているとはいえない。

また、各二国間渡り鳥条約については、いずれも、渡り鳥の保護のため保護区を設定するなど適正な措置を採るように努める旨の努力義務規定しか置いておらず、そもそも条約違反を云々することはできない。

9  第一五号事件の請求原因4(六)(適正手続(憲法三一条)違反)及び第一六号事件の請求原因2のうち第一四号事件の請求原因4(三)(2)ないし(4)に同じ部分(地方自治法一三八条の二違反)について

(一) 合意形成の欠如について

(1) 第一五号事件原告らの主張する「合意形成」については、つまるところ、事業者たる福岡市は、法令等に定められた住民等の関係者の意見を聴くべき手続を適正に遵守していないとの主張と理解することができる。

そこで、この点を検討すると、まず、実施要綱などに基づく環境影響評価の手続においては、事業者は準備書を一か月間縦覧に供するとともに、説明会を開催して関係住民の意見の把握に努める一方、関係都道府県知事の意見も聴いた上で、評価書を作成し、これを改めて一か月間縦覧に供すること、次に、埋立法に基づく免許取得の手続においては、免許権者は埋立願書を三週間縦覧に供するとともに、地元市町村長の意見を徴しなければならず、また、埋立てに関し利害関係を有する者は意見書を提出することができる(埋立法三条一項、三項及び四項)ものと、それぞれ定められているところ、前者については、証拠(乙一三、一五、三七ないし四二、五二)によれば、本件準備書は平成四年一一月二五日から同年一二月二五日まで縦覧に供され、関係地域である東区以外の住民も含めてのべ四七六名が実際に縦覧したこと、説明会は右期間内に異なる場所で四回開催され、やはり東区以外の住民も含めてのべ八〇二名が説明会に参加したこと、福岡県知事が平成五年四月二二日本件準備書に対し意見を述べたこと、そして、関係住民及び福岡県知事の各意見を踏まえて本件評価書が作成されていること、本件評価書が平成五年四月三〇日から同年五月三一日まで縦覧に供されたことが認められるし、また、後者については、証拠(乙五四、五五)によれば、地元市町村長である被告市長が、平成五年第三回福岡市議会定例会に本件埋立てについて異議はない旨の議案を提出し、同議会の議決に基づいて意見を述べていること、本件埋立てに関し利害関係を有する者が意見書を提出していることが認められる。

(2) もっとも、公有水面の埋立ては地元住民の生活に少なからぬ影響を与えることが考えられるから、出願者としては地元住民に埋立てについて理解を求める努力をすることが重要であり、とりわけ出願者が市町村である場合にはその必要性は一層大きいものといわなければならない。特に、平成四年三月九日、本件整備事業の実施に反対する約一一万八四〇〇人分の署名が福岡市議会に提出された(甲ロ六五、六七)というような状況下にあっては、なおさらのことである。

しかし、証拠(乙四八ないし五二)によれば、福岡市は、平成四年五月一一日午前一〇時から午後五時までの予定で、東市民センターにおいて、本件人工島の土地利用案等に対するアイデア・提案などを聴く機会として、意見発表会を開催したこと、また、そこで発表された意見を参考にして作成したアイランドシティ基本計画(乙一一)を、同年一〇月一日から、各区役所市民相談室、各区民センター、市民図書館、情報公開室及び情報プラザにおいて、市民の閲覧に供したことが認められ、福岡市としてもそれなりの努力を払ってきたものということができる。

(3) 以上の諸事情を考慮するならば、福岡市は法に従った手続は適正に履践しているということができるから、この点に関する右事件原告らの主張は理由がない。

(二) 適正な環境影響評価手続の欠如について

(1) まず、第一五号事件原告らは、本件環境影響評価は、国際的に確立された環境影響評価に関する準則を満たしていないから、適正な環境影響評価とはいえないと主張する(請求原因4(六)(2)イ)。右主張は、確かに傾聴に値するところではあるが、結局のところ、実施要綱に対する批判的な立法政策論というほかないものである。

もっとも、福岡市が、真に和白干潟等の自然環境の保全を重視し、それと本件整備事業との調和ということを目指しているのであれば、右事件原告らの主張するような環境影響評価の手法を採用することも決して不可能なことではないのであるから、その限りでは、右事件原告らの批判を単なる立法政策論にすぎないとして簡単に切り捨ててしまうのも適当とはいえない。しかしながら、本件整備事業の実施の時点においては、環境影響評価の実施の具体的な拠り所となるのは実施要綱しかなかったのであり、しかも実施要綱自体が閣議決定といういわば行政機関内部の取決めにすぎないため、実施要綱に基づく環境影響評価も、あくまでも法的拘束力を有しない行政指導として、事業者の任意の協力があって初めて実施されるにとどまる(乙二六)という状況にあったことも事実である。

そうすると、福岡市が実施要綱に規定されたところ以上の環境影響評価を実施すべき法的義務を負うものとすることはできず、したがって、右事件原告らの主張は、結局のところ、本件整備事業ないしは本件免許の違法性を根拠付けるものたり得ない。

(2) 次に、第一五号事件原告らは、本件環境影響評価につき、①その調査・予測が科学的に適正でないと批判し、さらに、②本件準備書の縦覧期間の定め方や説明会の運営の仕方、関係地域の設定などからして、真に住民の意見を聴取しようという姿勢に欠けているとか、③現に再調査等を求める住民や福岡県知事の意見を無視したとか、被告市長が本件環境影響評価等に対する否定的な発言をしたなどと主張している(請求原因4(六)(2)ロ)。また、第一六号事件原告らも、右②及び③とほぼ同旨の主張をしている(第一四号事件の請求原因4(三)(2)イ、ロ及びハ)。

しかしながら、①については、一部、不適切な調査や予測があったことは認められるものの、その全体が科学的でないとまではいえないことは、既に前記6(四)において判断したとおりである。

また、②については、確かに、本件準備書の縦覧期間は平成四年一一月二五日から同年一二月二五日までのいわば年末の期間に設定されている(乙三七)が、そうであるからといって、一概に不当とはいえないし、縦覧期間が右のとおり一か月間とされたのも、実施要綱の定め(第2の2(1))に従ったもの(乙四)である。また、説明会について見ても、四回にわたり(特にそのうち二回は住民の参加が比較的得られやすい土曜日の午後に行われている。)各約二時間半を掛けて開催されている(乙三七ないし四二)。関係地域が福岡市東区に限定された点については、実施要綱第3の2(1)が関係地域を「対象事業の実施が環境に影響を及ぼす地域であって、当該地域の住民に対し準備書の内容を周知することが適当と認められる地域」と定義しており(乙四)、また、実施要領の実施に必要な事項について、運輸省運輸政策局長から重要港湾の管理者である各市長ほかに宛てた通達である「運輸省所管の大規模事業に係る環境影響評価の実施について」が、右関係地域に関して「これを定めるに当たっては、対象事業の実施が環境に及ぼす影響の予測結果、対象事業が実施される地域の実情及び関係地方公共団体の長の意見を踏まえ……るものとする。」としていること(乙二九)及び本件整備事業の実施地域を考慮すれば、福岡市の裁量権の範囲内にあるものというべきである。

なお、東区以外の地域に住所を有する福岡市民は本件準備書に対する意見書を提出する資格はないものの、本件準備書の縦覧及び説明会の実施の公告は福岡市民に配布される「福岡市公報」や新聞になされている(乙三七、三八)から、右東区以外の住民においても、本件準備書を縦覧し、説明会に参加することは十分可能であったものであり、実際、少なからぬ者が本件準備書を縦覧し、説明会に参加している(乙四二)。

さらに、③については、証拠(乙五、一三、一五)によれば、本件準備書について、関係住民から新たな調査・予測を求める意見が寄せられたこと、また、福岡県知事が、汚濁負荷量に関して現段階で予想される複数の条件に基づいた将来の水質予測を行うこと、化学的酸素要求量(COD)の予測・評価については本件人工島存在時及び利用時の両方で実施すべきであること、本件整備事業の実施が鳥類の生息状況に与える影響予測に際し、精度の向上した生息種、数の調査及び生息密度の把握などの調査・予測をすることなどを求める意見を述べていることが認められるが、同時に、福岡市は、右意見に対する事業者の見解を本件評価書に記載して、必要があると考えられる点については、本件準備書の記載を補充していることも認められるから、福岡市がこれらの意見を無視したものとまでいうことはできない。また、被告市長の発言を批判する点については、その前提となる事実を認めるに足りる的確な証拠がない。

もっとも、証拠によれば、財団法人世界自然保護基金日本委員会や財団法人日本野鳥の会、日本湿地ネットワークなどの自然保護団体から、本件整備事業に対する消極意見が寄せられ、日本生態学会や日本鳥学会などの研究団体の総会等においても、本件整備事業の見直しなどの要望や決議が採択されていること、さらには、バードライフ・インターナショナルや福岡市の姉妹都市であるニュージーランドのオークランド市の議会から被告市長宛の書簡が寄せられるなど、海外からも同様の反響があったこと(以上につき、甲ロ七、九ないし一一、一四の1・2、一五、一五六、証人小塩眞)、これに対し、福岡市は、港湾局長名でオークランド市議会に対し返書を送ったが、その中には、第一五号事件原告らが所属する「博多湾の豊かな自然を未来に伝える市民の会」が本件整備事業に反対していることを捉えて、同会を「一部の政治的背景をもった人達による反対運動団体」であるとし、さらに、福岡市議会で本件整備事業に反対の立場を取っているのは日本共産党などの五名の議員だけであるとした上で、「彼らが、政治的な不利を挽回するために、海外の自然保護団体や市民に一方的な情報を流して支援を求めている」などと述べられていること(以上につき、甲イ三〇、甲ロ一一七の1ないし6、一一八、証人菊川千賀子、同小塩)が認められ、このような福岡市の対応に照らすと、同市は、本件整備事業の推進に急な余り、反対意見に真摯に耳を傾ける姿勢に欠けるところがあったものと見ないわけにはゆかない。

(3) また、第一五号事件原告らは、被告市長の環境影響評価条例制定に対する消極的な態度を批判する(請求原因4(六)(2)ハ)。

乙第二七号証によれば、昭和五六年九月の福岡市議会に制定請求されて付議された「福岡市環境影響評価条例案」について、被告市長が、現行法制度との整合性を保持しながら効果的に環境保全を図るためには、全国的に統一された手続等を定めた環境影響評価制度が確立されなければならず、政府から国会に提出された環境影響評価法案の成立により、同法に基づいて対処する考えであるから、条例を制定する必要はないと考える旨意見を述べたことが認められる。また、条例の制度は普通地方公共団体の議会の議決を経ることを要する(地方自治法九六条一項一号)が、長には議案提案権がある(同法一四九条一号)から、被告市長としても、右環境影響評価法案が廃案になった後、改めて福岡市環境影響評価条例案を作成した上でこれを福岡市議会に上程することは可能であったのであり、本件整備事業の実施に至るまで右条例が制定されていないということは、少なくとも被告市長の政治的立場として、環境影響評価条例の制定に消極的であったものといわれてもやむを得ない側面があったということができる。

しかしながら、地方公共団体の長がある条例案を上程するかどうかは、その政治的裁量に委ねられているものというべく、被告市長に右条例案を上程する法的義務があったものとまでは解することができないから、右不作為が違法であるということにはならない。

(4) さらに、第一五号事件原告らは、①博多湾が順次埋め立てられ、その都度細切れ的に環境影響評価が実施され、しかも、後続の埋立事業がないことを前提に評価書が作成されていると批判し、また、②本件整備事業では、当初予定されていた人工島方式が環境悪化を理由に陸続き方式に変更された経緯があるのに、突如として人工島方式が復活しているなどと主張する(請求原因4(六)(2)ニ)。

まず、①については、いくつかの事業が全体的に関連付けられてある一定の範囲の地域において実施されることが予定されている場合には、できる限り全部の事業を一体として環境影響評価が行われるべきである。まして、事業者にとって不利な予測結果が出ることを回避するために、敢えて個別の事業ごとに環境影響評価を実施するというようなことが許されないのはいうまでもない。しかしながら、個々の事業を実施する時点において、将来実施される予定の事業まで視野に入れた上で環境影響評価を実施することは、不確定要素も多くなるため、事実上は相当な困難を伴うものであるから、個別に環境影響評価を実施したこと自体をもって直ちに違法視することはできないし、また、福岡市に右のような許すべからざる意図があったとまで認めることもできない。

次に、②については、証拠(甲ロ二二、三三、一一六)によれば、昭和四七年に改訂された博多港港湾計画では、和白地区における二七〇ヘクタールの陸続きの埋立とともに、新たに香椎地区沖合の人工島方式による海上流通ターミナルの建設を目的とした三八〇ヘクタールの埋立てが計画されたが、昭和五三年に改訂された博多港港湾計画においては、陸続き方式の埋立に変更されるに至ったこと、その理由は、右人工島方式では、潮流の減速が大きく低下して人工島の背後水域が停滞水域となり、拡散についてもそれによる影響が出て、水質保全が問題となるなどというものであったこと、ところが、本件港湾計画において再び人工島方式に転換されたこと、以上の事実が認められる。そして、福岡市は、本件港湾計画に基づく人工島方式では本件人工島の背後水域が停滞水域化することはなく、水質保全を図ることができるものと予測していることが認められる(乙二の3)。

しかしながら、昭和四七年に改訂された博多港港湾計画は、右のとおり、人工島のほかに、雁の巣と牧の鼻を結ぶ線と既存の海岸で囲まれる和白干潟等をも埋め立てるというものであったから、本件港湾計画における人工島方式とは相当大きく異なっており、これを大差がないかのようにいう原告らの主張はその点において適切でないことは確かであるが、右両計画における正反対ともいえるような水質の予測に関する相違が本件準備書又は本件評価書において説得的に説明されているかといえば、疑問を呈さないわけにはゆかない。

したがって、この点は多分に問題なしとしないが、そうであるからといって、直ちに本件環境影響評価そのものを違法視することはできない。

(5) 第一六号事件原告らは、本件準備書に対する福岡県知事の意見が出されて後余りに短期間で本件評価書が縦覧に供されたこと、右意見の作成に関与した専門委員の顔触れと本件評価書の作成に関与したそれとが殆ど変わらないことなどを理由に、本件評価書の作成過程に疑問を呈している(第一四号事件の請求原因4(三)(2)ニ)。

証拠(乙四、一三、五二)によれば、福岡県知事が本件準備書に対して意見を述べたのは平成五年四月二二日であるところ、本件評価書が実施要綱の定めに従って縦覧に供されたのは同月三〇日以降であること、また、評価書は、関係都道府県知事の意見及びこれについての事業者の見解等を記載して作成しなければならないこととされていることが認められるから、本件評価書は右知事の意見が述べられてからわずか八日間で作成されたことになり、確かに、いかにも短時間で作成されたものといわなければならないが、補充された内容を見ても明らかなように、既に調査しておいた資料を記載したものばかりであるから、さほど時間を要しなかったとしてもあながち不思議なことではない。

また、福岡県知事が本件準備書について意見を述べる際に環境影響評価審査委員会の検討を経ること及び本件評価書作成につき専門委員が関与することになっていることが認められるが(証人原野)、証拠(乙四四、四五)によれば、両者の専門委員のメンバーが一部重複していることは認められるとはいえ、殆ど変らないとまではいえない。

そうすると、右事件原告らの主張を採用することができない。

(6) また、第一六号事件原告らは、潮流予測の方法につき財団法人海洋科学技術センターに調査委託しなかったのは不利な予測が出るのを避けたものであると非難する(第一四号事件の請求原因4(三)(2)ホ)が、直ちにそのようなことはいえない。

(三) 交通問題についての第一六号事件の原告らの主張(第一四号事件の請求原因4(三)(3))は、前記5(四)のとおり、一つの推測の域を出ず、採用の限りでない。

(四) 財政面における問題点(第一四号事件の請求原因4(三)(4))について

(1) 予算審議の過程について

第一六号事件原告らの問題視する資金計画書は、埋立法二条三項三号により、公有水面の埋立免許出願の際に願書に添付すべき図書の一つとして規定されており、これには「埋立てに関する工事に要する費用の額及びその明細並びに当該費用に充てる資金の調達方法を記載すること」が要求されている(埋立法施行規則二条三号)が、右は、免許権者が、埋立法四条一項六号の「出願人ガ其ノ埋立ヲ遂行スルニ足ル資力及信用ヲ有スルコト」という免許基準について審査するための資料として要求されたものである(甲イ二一)。

他方、埋立法は、免許に際しては地元市町村長の意見を徴しなければならず、市長村長が意見を述べようとするときは、議会の議決を経ることを要するものと規定している(三条一項本文、四項)が、これは、埋立地が将来行政区域に編入され、それに伴って各種の公共サービスの提供が必要になるという利害関係を有する当該市町村の立場に配慮したもの(乙六〇、証人小塩)と解される。

そうだとすれば、地元市町村議会において、当該市町村長が出願された埋立免許についていかなる意見を述べるかを審議する際には、埋立区域や埋立地の用途、工事の施行期間などがその資料として供される必要はあるものの、専ら免許権者が審査すべきことが予定されている資金計画書まで提出されるべき義務はないものというべきである(証人小塩)。したがって、本件免許に係る出願に対して地元市町村長である福岡市長が意見を述べる前提として要求される福岡市議会の決議に関し、平成五年六月一八日から同月三〇日まで開かれた平成五年第三回福岡市議会定例会において、同市長から「議案第一四八号 公有水面埋立てに関する意見について」が提出されたが、そこには埋立願書は資料として記載されているものの、願書の添付図書(資金計画書を含む。)は全て省略されていることが認められる(甲イ二一、乙五五)が、これをもって違法ということはできない。ちなみに、右定例会において右議案について質問に立った菊川千賀子議員(当時)が資料要求をして入手した右資金計画書(甲イ二六)には、「埋立てに関する工事に要する費用の額」は一〇九三億六二〇〇万円と記載されているが、「その明細」については、「年次別事業費明細書」として「表2―1〜2―6のとおり」とされているものの、右表には具体的な金額が一切明示されていないこと、また、「当該費用に充てる資金の調達方法」についても、起債による調達額は記載してあるものの、起債償還内容の詳細は省略され、起債の償還計画にしても、「表3―1、表3―2のとおり」となっているものの、同様に、具体的な金額は一切省略されている。しかしながら、これは、仮に詳細を公にすると、個々の工事の設計単価が容易に推算され、その結果として、談合が行われて競争入札が無意味になり、事業の公正な執行に支障が生じる危険性もあったのであり(甲イ二一、証人小塩)、やむを得ない措置であるということができる。

なお、付言すれば、本件のように地方自治体が埋立事業者となる場合にあっては、その財政負担の是非については、当該地方公共団体の議会において当該事業に係る予算を審議する際に議論を尽くすべき筋合いのものであり(右事件原告らは、前記議案をもって「予算審議」と主張するが、前記議案は埋立法三条四項に定められた議会の意見を聴くためのものであることは明らかである。)、証拠(甲ロ四四、四七ないし五〇)によれば、福岡市長が意見を述べる前提としての福岡市議会での審議が本件整備事業関係予算を審議する最後の場であるとする証人菊川の証言は採用することができない。

(2) 資金計画の内容について

証拠(甲イ二一、二四、甲ロ二五、乙五六)によれば、本件整備事業の総事業費は約四五八八億円で、そのうち国の直轄事業及び補助事業の事業費が約一〇三四億円であり、残りの福岡市及び博多港開発株式会社が施行する事業約三五五四億円は、借入金で賄うこととされていること、そのうち約六〇 〇億円が本件人工島に建設される港湾の利用料収入によって、また、約三〇〇〇億円が分譲地の売却によってそれぞれ償還される予定とされていることが認められる。

ところで、昨今の我が国の経済情勢が一時期の勢いを失っていることは当裁判所に顕著な事実であるが、そうであるからといって、福岡市が右のような資金計画の見直しをしないことの一事をもって本件整備事業自体を違法とすべきことにはならない。

さらに、第一六号事件原告らは、福岡市が本件整備事業に市税を使わない旨喧伝し、市民を欺こうとしていた旨主張するところ、確かに、「アイランドシティなんでもQ&A」(甲イ二四)には、本件整備事業について、「市税を使わない、いわゆる独立採算性の事業として実施するもの」とあるが、右は、国の直轄事業及び補助事業以外の事業については、すべて借入金で賄うことにしているということを述べたものであって、やや誤解を招きかねない表現であることは否めないとはいえ、福岡市に市民を欺こうとするまでの意図があったことを認めるに足りる証拠はないから、右事件原告らの主張は採用することができない。

10  結論

(一)  以上によれば、本件免許が著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるとまでは認められないから、その余の点について判断するまでもなく、第一五号事件原告らの請求及び第一六号事件原告らの被告市長に対する請求はいずれも理由がないことに帰する。

(二) もっとも、近年、自然環境が地球規模で危機に晒されているとの認識が急速に高まるとともに、環境保全の重要性が強調されるようになったこと、その結果、開発を筆頭にした社会経済活動と自然環境保全の調和を図るべく、持続的発展が可能な社会の構築が目指されるべきであるとの理念が定着しつつあることは、平成五年に制定された環境基本法が右を基本理念に掲げていることからも明らかである。

埋立法四条一項一号に関して証人三上が提唱する二つの要件(前記5(一)参照)なども、この見地に根ざしたものであって、右要件に照らして本件埋立ての必要性の有無を検討するときは、その結論は必ずしも明確であるとはいえないし、また、本件環境影響評価の在り方についても、決して軽視し得ない問題点があることは前記6において見たとおりである。しかも、本件整備事業に対しては、福岡市民はもとより相当広範に根強い反対意見があることも既に見たところから明らかであるのに、福岡市としては右意見に真摯に耳を傾ける姿勢に欠ける嫌いがなかったとはいえないのである(前記9(二)(2))。

これらの諸事情を踏まえるならば、この際、本件整備事業を抜本的に見直すというようなことさえ一つの政治的な決断として考えられないではない。

(三) しかしながら、前記のような法的な判断が導かれる以上、当裁判所が、本判決において、進んで右のような対応に結び付く結論を選択する余地はないものというほかはない。

二  第一六号事件原告らの被告桑原に対する訴え

1  請求原因1(一)の事実は、原告井上正三及び同井上治典を除くその余の原告らについては当事者間に争いがなく、同(二)の事実並びに同2のうち第一四号事件の請求原因2(一)及び(三)並びに3に同じ部分も同様に争いがない。

2 請求原因2のうち第一四号事件の請求原因4に同じ部分について

(一)  違法性の判断基準について

本件訴えは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づくものであるところ、第一六号事件原告らは、別紙平成四年度分人工島埋立計画関係出費一覧表及び別紙平成五年度分人工島埋立計画関係出費一覧表記載の公金支出行為そのものが具体的に違法である旨の主張はせずに、専らその原因行為に当たる本件整備事業には重大かつ明白な違法性がある旨の主張しかしておらず、その点で第一五号事件の訴えと同様の側面を有するから、原因行為の違法性が財務会計行為の違法性にどのように影響を及ぼすかについて判断する必要があるが、その判断基準としては、同項一号に基づく訴えと別異に解すべき理由はなく、結局は、本件免許が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があるか否かに従って判断すべきである。

(二)  そこで、右基準に従って検討すると、前記一6及び9において判断したとおり、埋立法四条一項二号違反、憲法一三条・二五条違反及び地方自治法一三八条の二違反のいずれの主張も採用することができない。

3 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、右事件原告らの被告桑原に対する請求も理由がない。

第三  結論

以上の次第であるから、第一四号事件の訴え並びに第一六号事件の訴えのうち原告井上正三及び同井上治典の各訴えをいずれも却下し、その余の第一六号事件原告らの請求及び第一五号事件原告らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西理 裁判官神山隆一 裁判官森剛)

略語表

略語

意味

本件整備事業又は本件埋立て

アイランドシティ整備事業

実施要綱

昭和59年8月28日閣議決定に係る環境影響評価実施要綱

埋立法

公有水面埋立法

本件環境影響評価

本件整備事業における環境影響評価に関する手続

本件準備書

本件整備事業における環境影響評価準備書

本件評価書

本件整備事業における環境影響評価書

ラムサール条約

特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約

評価書

環境影響評価書

意見発表会

本件環境影響評価がなされる前に開催された福岡市民の意見発表会

準備書

環境影響評価準備書

本件港湾計画

平成元年7月に改訂された博多港港湾計画

本件埋立区域

本件埋立区域(一)

別紙埋立区域目録(一)ないし(三)記載の区域

同埋立区域目録(一)を個別に表示する場合((二)、(三)も同様)

本件人工島予定地

本件人工島

アイランドシティ地区(別紙埋立区域図面の斜線部分)

同区域が埋め立てられた状態を指す場合

本件免許

本件埋立区域(一)についての埋立法二条に基づく埋立免許

本件埋立事業

本件免許に基づく本件埋立区域(一)についての埋立事業

実施要領

運輸省所管の大規模事業に係る環境影響評価実施要領

指針

埋立て及び干拓に係る環境影響評価指針

本件公金支出

本件埋立区域(一)の埋立てを原因とする被告市長の埋立工事費用等

一切の公金支出

和白干潟等

和白干潟及びその前面浅海域

各二国間渡り鳥条約

日本国とオーストラリア、アメリカ、中国、ソ連との各二国間の渡り鳥等の

保護に関する協定又は条約

米国環境法

米国の国家環境政策法

工業用地

食料品製造業用地、出版・印刷・同関連産業用地及び金属機械器具

製造業用地

原告ら

第一五号事件原告ら及び第一六号事件原告ら

本件公金支出等

本件公金支出又は本件人工島予定地における福岡市の埋立事業に

関する公金支出

原因行為

公金支出の原因となる行為

原告安東

第一五号事件原告安東毅

別紙平成4年度分人工島埋立計画関係出費一覧表<省略>

別紙平成5年度分人工島埋立計画関係出費一覧表<省略>

別紙埋立区域目録(一)(二)(三)<省略>

別紙埋立区域図面<省略>

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